※同行者だけではなくイオン、マルクト、ピオニー、マクガヴァン元帥にも厳しめです。






元から彼を側近にするのは反対が多かったのだ。
死霊使いの異名をとった戦場での死体漁り、相手構わぬ慇懃無礼な態度や嫌味、命令や規律というものを知らないかのような勝手な行動、だがそれ以上に一部の臣下から猛反対を受けた理由は、公表されていないある実験にあった。

15年前にマルクト帝国ホド島で行われた人体フォミクリーと超振動の実験は、島民を、自国民を、民間人を実験体モルモットにして、死亡、もしくは障害を残す可能性のある危険なレプリカ情報の採取で死傷させたあげく、隠蔽のために研究成果の超振動によってホド島とフェレス島は何十万という島民ごと消滅した。
後者は彼の関知しない所だったとはいえ彼の研究成果の超振動兵器が崩落を招き、前者に至っては全て彼の指令で行われた。
それゆえ真実を知っている臣下たちは、極一部の例外を除いて殆どが側近にすることに反対した。

──隠蔽されているとはいえ、もしも事が公になれば皇帝陛下にも飛び火しかねません。
──自国の民を実験体モルモットにしたような男を側に置かれては、彼や先帝陛下だけではなく陛下の分別をも疑われます。
──罪を自覚していると庇われますが、彼は一度もホドやフェレスの民の犠牲への責任や罪悪感を表したことなどないのですよ。
──そのような男をマルクト軍に置いておくだけでも災いの種になります。まして高い地位につけるなど、どうかお考え直しください。

それでも普段は臣下の意見を重視する皇帝はこの件に関しては頑固に拒絶して親友を庇い、懐刀と呼ばれるほどの寵愛をかけて重く用いてきた。
ホドの民に同情的だったはずのマクガヴァン元帥までが、どういうわけかこの件で彼の責任を感じていないかのように彼を庇い、軍に止まることを望み、それを頼りにすらしたのも一因になり、結局彼は軍を辞めることすらなく順当に軍に残り出世を続けていった。

そして一種即発の状況下での和平という重要任務をも彼に任せ、異論を唱える臣下にはジェイドなら大丈夫だと笑った。







最悪の人選







「ですから申し上げたのです!彼を側近に、まして和平の使者になどすべきではなかったと!」
「そもそも軍を辞めさせておくべきだったのだ、民間人を実験体モルモットにして殺傷した男をその後も辞めさせもしなかったなど、マルクト軍にとっては永久に消えない汚点になってしまった・・・・・・」
「そう進言した者もおりましたが、皇帝陛下とマクガヴァン元帥が・・・・・・」
「またか・・・・・・どうしてお二人ともあの男をそうも甘やかすのですか!罪を自覚していると言われるが、民間人を殺傷した罪を自覚しているならどうして民間人を護るべき軍人で居続けたのです!」
「大体自覚しているとしてもそれだけで、何の償いもしていないではないですか!」

グランコクマ王城の謁見の間で、臣下が口を揃えてジェイドを、ジェイドを甘やかしてきた皇帝とマクガヴァンを非難する。
何時もならば臣下を宥めて幼馴染を庇うピオニーも、今回ばかりは返す言葉もなかった。

マクガヴァンの姿ここにはなく、行方もようとして知れない。
息子のグレンによればジェイドを甘やかして庇っていた己の不見識を詫びる手紙をしたためた後姿を消したらしい。
あの責任感の強い昔堅気の老人のことだから、自ら命を絶ったか、ジェイドを殺して自分も死ぬつもりでキムラスカに向かったか、ピオニーには暗い想像しかできなかった。

臣下の非難の声の合間には窓の外から愛する民の非難の声が僅かに届き、絶え間なくピオニーに罪を突きつけた。



ホド崩落の真実は隠蔽されているから、キムラスカは何も知らないからと侮っていたのが甘かった。
身の覚えのない濡れ衣を背負わせたマルクトとは違い背負わされたキムラスカにしてみれば、そのままにしておけるはずもなかったのに。

戦争で犠牲が出ることはこれまでにもあったが、ホド島とフェレス島の崩落はあまりに犠牲が大き過ぎた。
二つの島ごと何十万という領民を無差別に虐殺するという大罪はキムラスカの歴史の大きな汚点になり、それはマルクト人のキムラスカへの蔑視、キムラスカの王家への不信を招き、戦争が終結しても両国の間の大きな溝と憎悪の種となって幾多の紛争を引き起こし、和平の芽を潰していった。

キムラスカは、キムラスカ王家は、戦争とはいえ何十万もの民を島ごと消し去るほど冷酷で残虐なのだと、マルクトからもダアトやケセドニアからも恐れられ軽蔑され、キムラスカの民すらもその例外ではなかった。

キムラスカがそれを払拭するために何年もかけて真実を探っていることも、何時までも隠し通せるとは限らないことも考えておくべきだった。
たとえキムラスカが真相を掴んだことを知らずとも、和平のために会談すればキムラスカは当然過去の冤罪の審議を問いただすだろう。
はっきりした真相が分からずとも、キムラスカが崩落と無関係だとキムラスカには分かっているのだから。

それでも、当初はキムラスカは妥協点を探っていたらしい。
現皇帝ピオニーは穏健派で、ホド戦争の当時は皇位継承権の低い庶子として冷遇されケテルブルクに軟禁されていたため研究にもホドの崩落にも何の関わりもなかったのは明らかだったし、事が公になってキムラスカ国内の反マルクト感情が高まったりマルクト国内が混乱して和平が難航するのは、穏健派が主戦派や反マルクト派を抑え和平に傾いていた今のキムラスカには避けたい事態だったから。
キムラスカの仕業ではなかったことは公表するが、マルクトの仕業ではなかったとしても良い。
何らかのテロなり、誰が指示したことでもない事故による暴発なり、マルクトへの傷が小さいように偽装しても良いと考えていた。


ところが、和平の使者がジェイド・カーティスであったことがキムラスカの神経を逆撫でした。

超振動兵器を自国民と領土とに使って大虐殺を行い、それをキムラスカに擦り付けて、和平を結ぶにあたって十五年前の冤罪の始末の付け方が問題になるだろうこの状況で、その超振動兵器の研究者を和平の使者、皇帝の名代として送るなど真実を知ってみれば逆なでする行為にしかならなかった。

しかも前歴だけではなく、和平の使者になってからのこの男の振舞いも酷かった。
ダアトの軍人の襲撃によってマルクトに飛ばされた次期国王ルークへの不法入国扱い、不敬、脅迫の数々。
更にはカイツール軍港ではルークに対して殺人を予告した妖獣のアリエッタの元に、一度は拒否したルークが同行者達に促されて行くことになった時も、彼は「私はどちらでもいいんです」と止めなかったという。
妖獣のアリエッタは幾多の魔物を操る強敵で他の六神将や神託の盾兵がいた恐れもあり、どれだけの戦力を持っているのも不明だったというのに、たった六人で、十分な護衛もなく、自分を殺そうとしている者の元に行くのを止めなかった。

和平の使者は、マルクト皇帝の名代は、キムラスカの次期国王が殺されるかもしれないのを「私はどちらでもいいんです」と見捨てたのだ。

これが止めとなって穏健派の皇帝に期待していたキムラスカの穏健派からすら、マルクトは見限られた。
報復としてキムラスカはホド崩落と研究に関する資料、証拠、証言をそのまま公表し、その中にはレプリカ情報抜き取りなどホド住民の人体実験、死亡、障害も含まれていた。
十五年間キムラスカとキムラスカ王家に向けられていた恐怖と蔑視はマルクトに向き、更に自国の民間人を非人道的な研究に用いて殺傷したという汚名も加わった。

キムラスカでは反マルクト感情が高まっていまにも攻め込まんばかりになり、マルクト国内でもマルクト皇帝、マルクト軍、ジェイドを非難する声が高まり、ホドの民が多く流れ着いていた地域では暴動にまで発展した。

せめてジェイドがマルクトにいたなら処罰して少しは沈静化を図れたのかもしれないが、ジェイドは未だにキムラスカに留められている。
投獄されたという話だが、とうに首と胴が離れているかもしれない。

それに民の怒りはジェイドだけに向いたものではなく、民間人を実験体モルモットにして殺傷したマッド・サイエンティストを十五年も在籍させて大佐にまでしていたマルクト軍と、側近にしていた皇帝にも向いている。
ジェイドを切った所で今まで皇帝がジェイドを側近にし、マルクト軍に置いていたという事実は変えられない。


キムラスカも情報の公開は報復のひとつに過ぎないだろう。
今まで主戦派や反マルクト派を抑えていた穏健派がマルクトを見限った今、何時戦争が起きてもおかしくない。

だが導師イオンはカイツールでルークに「アリエッタはあなたにも来るように言っていましたよ」と非難を滲ませて行くことを促し、キムラスカの次期国王を殺そうとしている部下たちの元に連れていったことで、アリエッタらと組んだルーク暗殺企図の疑惑や、そこまでいかずとも次期国王の命を此処まで軽んじたことへの怒りや不信感を向けられている。
更にダアト自体もファブレ公爵家を神託の盾の兵士が襲撃したことから同じように怒りと不信を向けられており、到底和平の仲介などできそうになかった。




国内外からの非難と和平を結ぶはずだった隣国との争いの兆しの山に、もう解決の糸口もつかめなくなっていた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
そう後悔しても、全ては遅すぎて取り返しがつかない。


「ですから申し上げたのです!彼を側近に、まして和平の使者になどすべきではなかったと!」

もう一度先程の将軍が繰り返すのに、ピオニーの胸に詮無い夢想が過る。


もしもジェイドを和平の使者に選ばなければ、自分がジェイドをこんなにも甘やかさなければ、違った未来が開けていたのだろうか、と。












キムラスカはアクゼリュス崩落なんて企まない捏造キムラスカだと思って下さい。
マクガヴァン元帥がホドでの人体実験・崩落後もジェイドが軍にいることを望んで信用しているのは漫画版アビス「追憶のジェイド」を参考にしました。
超振動兵器で民間人大量虐殺して、その罪を隣国に着せて隠蔽して、その国との和平の使者に送るのがその超振動兵器の研究者って一体・・・?
幾らホドに使うのはジェイドは知らなかったとはいえ、この人選はどうかと。
マクガヴァン元帥も幾らジェイド坊やと呼んで目をかけていた相手でも、意識的に民間人を危険な人体実験に使って死なせたり障害を残したマッド・サイエンティストを軍に居続けさせて頼りにするのはどうなんでしょう。




                        
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