「最近マルクトで起きている事件に“子供の衣服を剥ぎ取る女”と呼ばれるものがありましてね」

ルークたちがマルクトに来た経緯を聞いたジェイドは、唐突にそんなことを話し始めた。







母姉の皮を被った加害者







エンゲーブで出会った和平の使者アスラン・フリングスと、師団を率いて同行するジェイド・カーティスにキムラスカの王族と見抜かれたルークは、ティアと、迎えに来ていたガイと共に、丁重にタルタロスに案内された。
軍艦の部屋としては破格に豪華で居心地の良い一室に案内し旅の苦労を労った後、三人からマルクトに来た経緯と旅の間に起きたことを(二人が話している時にも何故か遮ってまで自分で説明しようとするティアを抑えて)詳しく聞いたジェイドとフリングスは ルーク、ガイ、そしてティアを見て視線を固定し、数秒間不躾なほどにじっと見つめてきた。

「な、なんですかカーティス大佐もフリングス将軍も・・・・・・私に何か?」

何を誤解したのかティアが頬を赤くして聞くと、ジェイドは何処か胡散臭い笑みを浮かべていいえ、と首を振った後、

「・・・・・・ところで、こんな話をご存知ですか?最近マルクトで起きている事件に“子供の衣服を剥ぎ取る女”と呼ばれるものがありましてね」

と唐突に、この場にいる誰にも関わりのなさそうな話を始めた。
フリングスはジェイドの話を止めようとはせず、「ああ、よく似ていますね」と隣のジェイドにだけ届く小さい声で呟いた。


ジェイドの言葉に、ルーク、ガイ、ティアは三人とも揃って首を捻る。

“子供の衣服を剥ぎ取る女”

「衣服を剥ぎ取るってことは、変質者か、泥棒か?」

「ええ、子供を狙った追剥です」

「追剥って、子供の服なんか剥ぎ取ってどうすんだよ?」

「富裕層の子供が着る質の良い絹や毛織物の服、それに金や銀の飾りやバックルは売ればかなりのガルドに換えられます。そうした上等な身なりの子供を狙って素早く服や飾りを奪い取り、あらかじめ用意していたぼろい服を着せてしまい、時には子供が泣いたり抵抗すると叱りつけ、拳骨を食らわせるんですよ」

「そりゃ酷い話だな・・・・・・でも、なんでそんなに子供を虐げるんだ?追剥なら目的は服や飾りだけだろう?」

“子供の衣服を剥ぎ取る女”の意味はわかったが、女が子供の服を着せかえたり虐げる理由がわからずガイが尋ねると、今度はフリングスが説明を続ける。

「子供が泣いていたら、まして素っ裸でいたら、人に見られた時に怪しまれます。ですがぼろの服をきた子供が、まるで母親か教師のような態度と口調の女に叱られているのをみれば、泣いても親の言うことを聞かない子供が我儘を言っているように、拳骨も体罰のように映ります。皮肉なことに、子供が恐怖から泣いたりかん高い悲鳴を上げたりするのが、傍目には我儘な子供の癇癪のように見えるのも拍車をかけるのでしょうね。周囲の人の目を誤魔化すための偽装ですよ」

なるほど、悪賢いもんだな、と子供への同情か女への嫌悪か眉を寄せたガイが答える。
その女が自分の身近な誰かに似ていることに気付かないままに。

ジェイドは再びティアをあの胡散臭い笑みで一瞥した後、今度は別の話を始めた。

「先日、私はこんな事件に遭遇しましてね。その事件は、ひとりの女が高貴な方のお屋敷を襲うという犯罪の結果、御子息を遠くに連れ出してしまったことに始まります。一応は、連れ出したのは女の意図ではなく、お屋敷に帰そうとはしたようなのですがね、その女は帰還の旅の間、その御子息を人前で口汚く罵り続けていたのですよ。まるで我儘な子供を叱る母親か、姉か、教師ででもあるかのように。犯罪者は女の方だと言うのに、その御子息を犯罪者にも劣るような言い方で貶めたり、半分は御子息のせいみたいに言ってまでね。それを目撃した人々は、女に同情し、御子息を非難し、女を捕まえようとも非難しようともしなかったそうです。皮肉なことに、御子息の女への態度が──自分の屋敷を、自分や家族や使用人たちを巻き添えにして襲撃した犯人への態度が良い訳がありませんし、更に犯人の方がそんな態度では当たり前ですが──悪かったのも、そういう見方に拍車をかけてしまったのでしょうね。・・・・・・何かに似ているとは思いませんか?」

問われたガイはすぐにひとつの答えに行きつく。

「つまり、その女はさっきの子供の衣服を剥ぎ取る女と同じってことだろ?自分が捕まったり責められたりするのを防ぐために、見る人が我儘な子供と叱る保護者だと勘違いするように振舞った、って訳だな。どっちも巧妙で聞いていても怖くなっちまったな、確かに二つの事件は良く似て・・・・・・ルーク?どうしたんだ」

ガイは自分が騙されたらと想像したのか嫌そうな表情になって寒気を抑えるように自分の二の腕を摩っていたが、ルークの様子に気付いて声をかけた。
ルークはジェイドの話の途中から、何かに思い当たったように瞠目したままにティアの方に視線を固定させていた。

「ええ、そっくりでしょう?本当に──」

頷きながらジェイドが指差した先には、その女──ティアの姿があった。




「本当に──あなたにそっくりですね?ティア・グランツ?」




ジェイドの言葉の先を続けるフリングスは先程までの穏やかで優しそうな雰囲気は一変しており、ティアを見る目は酷く冷たい。
子供の衣服を剥ぎ取る女の話の途中からやや顔を青くして気まずげに顔を強張らせて黙り込んでいたティアは、今度は頬を紅潮させると僅かにひきつった声で抗議を始める。

ティアは不当な侮辱に怒っているつもりなのだろうが、ジェイドとフリングスの目には図星を指されて焦っているようにしか見えず、また無意識だったのかもしれないが、加害者が弟の我儘を叱る姉のような顔で執拗なほどに被害者を罵るのには魂胆があったとしか思えなかった。

「な、大佐も将軍も、私がなんだっていうんですか」

「先程言ったでしょう?あなたの振舞いは子供の衣服を剥ぎ取る女──逮捕や非難を避けるために被害者と自分の身分を偽装する犯罪者にそっくりなんですよ」

ティアのことだとは思わなかったガイは一瞬目を見開くが、否定はせずそのまま考え込む。
ルークもまた、旅の間のティアの振舞いと周囲の反応を思い返していた。

ルークの立場を子供の立場にして考えてみれば、相似が次々と思い出される。

ティアは旅の間、まるで見せつけるようにルークを罵ってきた。
ティアのせいでマルクトまで飛ばされたことも、半分はルークのせいのように責めてきた。

エンゲーブでは、突然に屋敷を襲われ、何の準備もなく着の身着のままに飛ばされての旅に心身ともに疲れ果て屋敷を襲ったティアに文句を言えば、ティアが犯罪者だともルークが被害者だとも知らない人々はティアに同情し、“姉弟かい?大変だねぇ弟のお守は”、“まったく愚痴ばかりで我儘な子だ、あれじゃ御荷物を背負わされているようなもんだな”と我儘な弟に苦労させられている姉にするように労わった。
ルークには、“お姉さんに当たるのは御止しよ、少しは気遣ってあげたらどうなんだい”“我儘言って困らせるんじゃない坊主、半分はお前さんのせいで旅立ったんだろう?なら旅の苦労も自分の責任だ、せめて御荷物にならないように我慢しろよ”、と子供の保護者への我儘にするように窘めた。

ずっとティアと二人きりで罵られ続けていたせいで感覚が麻痺していたのかもしれない。
他人の話に客観的に例えられてようやくルークは自分が置かれていた状況を客観的に見ることができ、同時に沸き上がってきた寒気と吐き気のような感覚に、思わず小さく呻いて手で口を抑える。

「ルーク!大丈夫か?」

「ガイ・・・・・・気分、わりぃ・・・・・・」

「すまん!!俺、何を勘違いしてたんだ・・・・・・ティアがお前に何したか知ってたはずなのに、なんですぐ捕まえなかったんだっ」

ルークを支えて背中を摩りながら自分を責めるようにガイがいうと、ルークは頭を振って一瞬ティアを睨んだあと、再びガイに視線を戻した。

「・・・・・・別に、どうでもいいさ、悪いのは騙したティアの方だろ」

「私は騙してないわ!いい加減にして!」

ティアがヒステリックに尚も弁解するが、もうルークはティアの方を向こうとすらせず、ガイもルークの耳に自分の手を当てて塞ぎながら厳しい目でティアを睨みつける。

「ガイ、ルーク様を医務室に御連れしてください。ここにいると馬鹿な話に苛々させられますし、ね」

ジェイドの合図で二人が案内の兵士と共に出て行くと、ティアはまだ何か怒鳴りながら追いかけようとしたが、ジェイドに腕を掴まれ部屋の中に引き戻される。
容赦のない力にきゃっと叫んで床に倒れ込むが、ジェイドもフリングスも同情も気遣いも浮かべず冷たく見下ろすだけだった。

「追いかけてどうするつもりですか。また半分はあなたのせい、とでも叱って被害者だと忘れさせるんですか?」

「私はそんなつもりでルークを叱ってた訳じゃありません!」

「ではどういうつもりだったと?」

「私はただ、世間知らずなルークに苛立ちが隠せなくて、ついお説教してしまって・・・・・・でもルークが心配だから近くで見守ってあげようと叱っていたんです!」

「やれやれ、言い訳にしても見苦しいですねぇ」

ジェイドが額に手を当てて小馬鹿にした様子で頭を振ると、フリングスもそれに頷いて呆れたような視線をティアに向ける。

「“お説教する”、それがそもそもおかしいのです。あなたは何時ルーク様の母親や、姉や、教師になったんですか?先程言ったようにあなたは“世間知らず”にも公爵家を襲った犯罪者、ルーク様は被害者でしょう。それなのに被害者が“世間知らず”だったからとお説教をして、疲弊した被害者の心身をいっそう追い詰めるような真似をして、心配だから見守っているとすり替えられると思ってるのですか」

誘拐にも似た襲撃の犯人との旅という尋常でない状況下の被害者を、もっと苦しめてまでする“お説教”を被害者を思いやってのことのように取り繕うとは。
まして“世間知らず”とは公爵家を襲った原因になったティア自身の欠点であり、また屋敷に軟禁されていたルークがティアと旅をしている原因でもあったのに、そのティアが被害者の“世間知らず”に苛立ちが隠せないとは。
偽装にしろ本気で思いこんでいるにしろ呆れたものだ、とティアの傲慢と無神経にフリングスは大きく溜息をつく。

「やはり馬鹿な話に苛々させられましたねぇ。ルーク様に聞かせなくて正解でした」

「それにあなたはルーク様を初めからずっと戦わせていたのでしょう。見守って?守っていないでしょう。軍人のあなたには容易い戦いに思えたとしても、民間人は魔物に襲われて怪我や命を失うこともあるのですよ?タタル渓谷に生息するサイノッサスのような比較的弱い魔物でもね。被害者を民間人を危険な魔物から守ってもいなかったのに、戦わせていたのに、その被害者を罵るのは見守っていたからだとすり替えても到底信じられません」

安全な屋敷で突然起きた襲撃、目前で起きた暗殺未遂、外にも出たことのない少年にとっては苛酷な、それも何の準備のない旅、家から遠く離れた異国の地に飛ばされて無事に帰れる保証もない不安、舗装されてもいない地面や山道の長時間の徒歩、毛布も寝袋もなく魔物や盗賊に襲われることに怯えながらの野宿、初めてみる魔物、初めての実戦、そして命の危機、何より犯人との生活・・・・・・その中に更に犯人からの罵声を加えて平気な顔をしていられたティアに“心配”や“見守って”などという言葉はあまりに不似合いだった。

ティアは二人の冷たい視線や言葉から逃れるように辺りを見回したが、壁際に立っている兵士たちも二人と同意見なのだろう、冷たい視線を向けるだけで誰もティアを助けようとはしない。
キムラスカに和平と救援の要請に行くマルクトが、キムラスカの公爵家を、王位継承者を襲った加害者を助けるはずもなかったし、ティアに“騙されて”ティアの振舞いを静観していればただでさえ容易には信用されないだろう和平の意思が更に疑われていたのだから、ティアの偽装はマルクトを陥れるものでもあったのだからマルクト兵の目が冷たいのは当然だった。

「何も知らない相手は誤魔化せても屋敷を襲った犯罪者と知った上でよく見れば、あなたのしていることは“子供の衣服を剥ぎ取る女”のように、非難や逮捕を回避するために被害者を罵って保護者や教師のように振舞い周囲を騙そうとしているようにしか見えません。けれど」



「どんなに姉や母親や教師の役割を気取って周囲を騙したところで、あなたはただの加害者でしかないんですよ?」



フリングスがそう冷たい声で言うと同時にジェイドが兵士に合図し、ティアを“加害者”として拘束した。












“子どもの衣服を剥ぎ取る女”の話は十八世紀フランスに出没した追い剥ぎの話より。
上等な身なりの子供を狙い、素早く衣服や飾りを剥ぎ取ってぼろ服と着せ替え、被害者が泣くと教師のような口調と態度で拳骨を食らわせて通行人の目を誤魔化していたそうです。




                        
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