「軍属である限り民間人を護るのは軍人の義務だもの」

「・・・・・・はぁ?何言ってんだお前、うぜぇこと言うなっつーの!」







軍人の義務







「軍人の心得をうざいなんて言わないで頂戴!本当に失礼な人ね!」

「心得がうぜぇんじゃなくてお前が言うのがうぜぇんだよ!」

ルークもティアも夜目でも分かるほど顔を赤くして声を荒げて怒りあう。
ティアはともかくルークがそんなに怒る理由がわからないと周囲の人間もティアも困惑したが、その中でガイだけが先程のティアの台詞を聞いた時からあんぐりと口をあけてティアを凝視していた。

「軍人のとしての心得?義務?お前がそれ言えんのかよ!?お前、俺の家で何やったか忘れたのかよ!?」

「だからそれは謝ったし、責任持って送り届けるって言ってるじゃない!」

「責任を感じているならなんでそんなことが言えんだよ!!」

「ルーク?どうしたのですか突然。ティアが何かしましたか?」

ルークは突然立ち上がると、ティアが何か言い返そうとするのもジェイドとイオンが宥めようとするのも構わず、子供が癇癪を起こすような激しい口調でまくしたてる。

「お前が襲撃した俺の家に、ファブレ公爵家にどれだけ“民間人”がいたと思ってんだよ?白光騎士団や父上は軍人だけど母上や俺は違う、ガイは護衛の剣士だけど使用人、執事にメイドに庭師にコックに、“民間人”が沢山いたんだぞ?それを巻き添えにしたくせに良くそんなこと言えるな!」

「それはヴァンを狙っただけであなたたちを狙った訳じゃ」

「でも巻き添えにしただろ!!」

ティアの言葉の欺瞞に怒りを煽られたルークは、言い終わるのを待たずつかみかからんばかりの勢いで否定する。

「ヴァン師匠を暗殺するために俺の家に侵入して、俺たちに譜歌とかいう歌使って、“民間人”を巻き添えにしたんだろ!間違えて俺の家襲った訳でも事故で侵入しちまった訳でもなくて、俺の屋敷が関係ない家で、師匠以外の“民間人”がいるって分かってて侵入したんだろ!だったら暗殺の狙いはヴァン師匠でも、侵入と譜歌の狙いは俺の屋敷じゃねぇか!狙いがヴァン師匠で俺たちじゃない、なんて誤魔化せると思ってんのかよ?」

「で、でも私は誰も傷付けてないわ、あなたたちを巻き添えにしないように譜歌しか使わなかったでしょう!だからあなたもガイもここにこうして無事でいるじゃない!」

ティアの自己弁護は、しかしあっさりとジェイドとガイに否定された。

「──ティア、他人を昏睡させる譜術は何処の国でも民間人への使用が禁止され、人を「傷付ける」譜術に分類されますよ。マルクトでもそうですが、ダアトやキムラスカの法でも平時に使えば立派に犯罪になります」

「──俺は怪我してないけど、メイドたちは何人も転んだりして怪我してたぞ。立ってる時に眠ったら頭とか打つだろ?もちろん眠らせた人間が傷付けたことになって罪にもなる」

「え・・・・・・」

博識なジェイドともうひとりの襲撃の当事者のガイに否定されて、ティアは初めて戸惑いを見せる。


「・・・・・・ティア、あまり幻滅させないでくれ。きみは何度も責任を感じていると言っていたし、軍人のきみは譜歌の危険を知っていると思ってたから、バチカルに帰ったらメイドたちに謝る気だと思ったのに・・・・・・人を傷付けた自覚もなかったのか」

ガイが溜息をつきながら失望を滲ませた声で言って冷たい視線を向けると、ティアは逃れるように後ずさったが、ルークもガイもそれを追うようにティアに近寄り再び口を開いた。

「大体、眠らせて動けなくしただけでも公爵家の人間は無事じゃないだろう?白光騎士団や俺みたいな護衛を兼ねた使用人が眠ったら屋敷やルークたちの警護ができなくなるし、抵抗や逃げることもできないんだぞ。幸い何もなかったけどもしも他の襲撃が起きていたらどうするんだ。きみは軍人なのに、軍事力を奪うことがどれだけ危ういことかわからなかったのか?思いがけない事態じゃなくきみが自分の意思でやった、被害を予想できたはずなのにやったことが行動が、既にルークや俺やファブレ公爵家の人間を──“民間人”を巻き添えにして危害を加えているんだよ」

「なんで俺の家でヴァン師匠を襲ったのか聞いても話さなかったけど、師匠だけが狙いならどう考えても俺の家で襲う必要ねぇだろ!百歩譲ってどうしてもヴァン師匠を殺さないといけない理由があったんだとしても、俺の家の奴らは理由もなく巻き添えにされただけじゃねーか!そんなんで民間人沢山巻き添えにしたくせに“民間人を護るのは軍人の義務”?あんなことして、お前は自分が民間人に危害加えた自覚もなかったのかよ?でなきゃ言えねぇだろ、巻き添えにされた俺に向かって、巻き添えにされたガイの前で、“民間人を護るのは軍人の義務”だなんて!」


どれだけ口先で軍人の心得や義務を並べても、民間人を襲ったという事実の前には虚言にしかならず、むしろそれを襲った民間人ルークとガイ の前で言えることがティアの自覚のなさと、言葉の意味を本当には理解していない浅慮さを表すだけだった。

ルークの剣幕に戸惑って口を出せずに黙っていたイオンも、そのうちティアの罪の大きさと無自覚さに口を出す気がなくなっていった。
そもそもイオンは、ヴァンを暗殺しようとしたことは(ティアからではなくルークからだったが)聞いていたが、公爵家に襲撃したとかルークとガイが被害者だとかそんなことはティアから全く聞いていなかったのだ。
というか話そうとしても何時もティアが遮って隠していた。

僕ダアトの最高指導者ですよね。神託の盾──“軍人”は僕の部下ですよね。
僕はティアが襲ったキムラスカに和平に行くんですけど、部下が和平に関わる誰かを傷付けることの意味分かってます?
もしかして、僕舐められてる?

と呟いたイオンの眼差しは、ひどく生温かいものになっていた。
ジェイドもイオンも同じことに気付いたのか眼鏡を直すような仕草をして静観するだけで、ルークとガイが詰め寄るのを止めようとはしなくなった。

二人はティアの犯罪が飛び火して危うくなるかもしれない和平の使者なのに、ティアに犯罪を隠されていたのだから。


「お前の言うことって何時も俺や俺の身内にやったこと悪くねぇと思ってるようなことばっかじゃねぇか!民間人襲って巻き添えにしてその襲われた民間人の前で民間人を護るのが義務とか意味分かんねーしマジうぜぇんだよ!お前は誰かを──“民間人”の俺の家の奴らを傷付けることの意味も“民間人”を護ることも、何も分かってねーじゃねぇか!護るなんて言葉を軽々しく使うなよ!」

ルークは、もう見限った、と呟いて踵を返す。
直前にジェイドの部下たちが手錠と縄を持ってティアに近付くのが映ったが、止める気なんて沸かなかった。


「タタル渓谷で謝ったから少しは反省してるのかと思って我慢してた俺が馬鹿だったよ、お前全然反省してねぇじゃねーか!」


一度失った信頼を、彼女は二度と取り戻せなかった。












王族が民間人に入るのかわかりませんが、この時のティアの台詞で民間人扱いだったので。
ガイとジェイドは捏造常識人だと思って下さい。
ファブレ家を襲撃した時に既にティアは沢山の“民間人”を巻き添えにして危害を加えてます。
事故でも間違いでもなくて、はっきりと“民間人”が住む関係ない他人の家だと理解して侵入の意思を持ってしたことで。
なのに「軍属である限り民間人を護るのは軍人の義務だもの」と、しかも被害者に向かって言ってるのは、例えるなら市民に危害を加えた警察官が、その直後に危害を加えられた市民やその家族に向かって、「市民を護るのが警察官の義務です」と言ってるみたいでした。




                        
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