偽姫の価値は







「わたくしとアッシュの婚約が解消だなんて認めません!」

ナタリアは悲鳴のような声と共に、両手で思い切り机を叩いた。
衝撃でナタリアに用意されたティーカップが落ちて零れた中身が白いドレスや足を汚したが、興奮のあまり気付かないのか構っている余裕がないのか、拭おうともせず言葉を続ける。

「わたくしたちしは17年間──いえ、10年間も婚約者として過ごしてきたのです、それをいきなり解消してしまうなんてあんまりですわ!わたくしは認めません。それにアッシュだって、きっとわたくしの元に戻ってきます。叔母様、叔母様だって、わたくしたちが大人になって結婚する日のことをあんなに楽しみに話し合ったではありませんか!」

ナタリアは涙ながらに、叔母が過去に自分に向けてくれた愛情を取り戻そうと思い出を語る。
もはやシュザンヌにとっては何の価値もなくなっている記憶だとは気付かずに。

シュザンヌは姪の焦りに構うことなく、優雅にティーカップを口に運んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「婚約の解消は当然のことでしょう?だって」

シュザンヌは落ちつき、笑みさえ浮かべて躊躇いなく、かつては姪を気遣って疑惑を話題はのせなかったことを、ナタリアが最も気にしているコンプレックスを指摘する。

「だってあなたは王族の血を引いていない“偽物の姫”なんですもの」

コンプレックスを面と向かって言われたことに、それ以上に19年間自分を可愛がってくれた叔母に偽物と言われたことに、ナタリアは青ざめてわなわな震えだしたが、それでも震える声で反論する。

「お、お父様はわたくしを我が娘と認めて下さいました、わたくしとお父様の中には親子として過ごした記憶がありますもの、実の娘でなくともわたくしはお父様の娘、キムラスカの王女です!」

「ナタリア、あなたも王女として育てられたなら知らない訳ではないでしょう?赤い髪と緑の眼は王族の印、正当な王位継承者の証。赤い髪と緑の眼を持つものが王位につくのがキムラスカ王国の不文律。だから王族と王室に連なる一族とは婚姻を繰り返し、血を濃く保ってきたわ。赤い髪、緑の目を持つ王位継承者を誕生させるために。けれど、あなたは王家の血を引かない“偽物の姫”。兄上に王女と認められた所で、あなたの中に王家の血は流れていないのよ」

シュザンヌにとってはナタリアの感情も、共に過ごした時間も、記憶もどうでも良かった。
大切なのは“本物”か“偽物”かだけだった。

シュザンヌにとってナタリアはただの“偽物の姪”になったから。
彼女の息子との間に生まれる子供に、彼女の孫に王位継承権を与える可能性の高い母親になる女ではなくなったから。

かつてナタリアが王家の証を持たない彼女に王位継承権を与えてくれる“ルーク”を愛したように、シュザンヌは王位につけなかった自分の血筋に王位継承権を与えてくれる“本物の姫”を愛していたのだから。

だからシュザンヌにとってナタリアも、叔母と姪としてナタリアと共に過ごした時間ももはや価値のない存在になり果てていた。


「あなたとアッシュとの婚約も、赤い髪と緑の眼を次の世代に繋げるため、青き王族の血を濃く伝えるためだったわね。表には現れずとも、あなたの中にも生まれる子に王家の証を伝える血は流れていると思われていたから。けれど、あなたは王家の血を引く“本物の姫”ではなかったから。あなたと結婚すればアッシュの子に受け継がれる王家の血が薄れてしまうから。アッシュが儲ける子供に赤い髪と緑の目が現れる可能性を高くすることはできないのよ。だから婚約を解消するのは当然のことでしょう?アッシュには何れ王族の血を引く貴族の中から相応しい姫君を娶せるつもりよ」

「そんな・・・・・・わたくしはアッシュを愛しております!」

「それが何?」

「何って・・・・・・わたくしの気持ちは、わたくしとアッシュの気持ちを思いやってはくださらないのですか!ずっと婚約者として過ごしてきたわたくしたちの思い出はどうなるのです!」

ふふ、とシュザンヌは笑った。
塵芥を宝箱に入れている人間に失笑するような、そんな笑みで。

「あなたとアッシュが何年のどんな記憶を持っていようと、そんなことはどうでも良いのよ。重要なのはあなたが本物か偽物かそれだけ。生まれる子に王位継承権を与えられる確率の高さだけが大切なの。そして“本物の姫”は他にいるのよ?どうしてアッシュが“偽物”の元へ戻らなければならないの?」

価値があるのは本物だけで、偽物の元へは戻る価値はない。
例え何年も親しく過ごした思い出があっても、偽物は本物にはならない。

それが彼女にとって──いや、“彼女たち”にとっての価値だった。

「だからさっさとアッシュと別れて──その座を、青き王族の血を引く“本物の姫君”に明け渡して頂戴ね?」












もしシュザンヌさんがナタリアと同じように、偽物を否定して本物を選ぶ人だったら、という話でした。



                        
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