偽物に価値などないと決めたのは







「叔母様、聞いてくださいな!またお父様が・・・・・・!」


扉を開けるなり挨拶もせず泣きついてくるナタリアに、シュザンヌはまたか、と溜息をついた。
この一年というもの、ナタリアはアッシュにもクリムゾンにもシュザンヌにも、会うたびに慰めとインゴベルトを諌める言葉ばかりを求めてくる。
最近は自分の仕事も放り出しアッシュが仕事中であろうと構わず、誰も入れないように命じられているからと部下が止めても聞く耳持たずに乱入していると聞く。
アッシュがナタリアに抱いていた幻想はとうにすり減って、あれほど再び聞くことに焦がれた声は聞くたびにアッシュを辟易させるものでしかなくなっているというのに。

それでも、4年前のことがなかったなら力になっていたかもしれないけれど、ルークの記憶を持つアッシュから全てを聞いた今のシュザンヌには、ナタリアの愚痴に付き合う気もナタリアのためにインゴベルトを諌める気も沸かなかった。

「あの子が生まれてからお父様は変わってしまわれましたわ、まるでマルガレータだけが娘のようにあの子のことばかり可愛がって、わたくしを見る目はまるで氷のよう」

ナタリアは目を潤ませ、声を詰まらせて、縋るように悲しみを訴えてくるが、その言葉は何時もアッシュから聞いた、4年前に彼女が切り捨てた偽物の記憶を蘇らせる。

「わたくしを娘と慈しんで下さった思い出など忘れてしまわれたのでしょうか。 4年前のあの時、血の繋がりはなくともわたくしを我が娘だと受け入れて下さったはずなのにどうして・・・・・・どうしてあんなにも変わってしまわれたの」

2年前、インゴベルトは後妻を迎えた。
ナタリアが王家の血を引かないすりかえられた子だと分かり、更に王命を無視して親善大使についていったことなどを批判する声も多く、真実インゴベルトの血を引く王女を、王族に相応しい良識を身に付けた姫を求める声が高まり、それに従って後継ぎを儲けるための再婚だった。

そして去年、赤い髪と緑の眼を持つ王女が誕生し、マルガレータと名付けられた。
以来インゴベルトはマルガレータを溺愛し、それに比例するようにナタリアへの態度は冷たくなり、宮廷でナタリアが孤立していることにも無関心で、かつては娘可愛さに大目に見ていたことも許さず失敗の度に侮蔑を露わすようになった。

「叔母様、どうか叔母様からお父様に何か仰ってくださいませ!」

(何を言えと言うのかしら?ルークのように、“例え血の繋がりはなくても「本物」が現れても、親子として過ごした時間は変わらない”とでも言って欲しいの?それはとっくの昔にあなた自身が否定したことではなくて?)

シュザンヌは口を嘲笑の形に歪めて、ナタリアの悲しみを冷たく切り捨てた。

「・・・・・・仕方がないことでしょう?」

「叔母様?」

ナタリアが否定と慰めを誘っているのを察していながら、シュザンヌは冷たく言い放った。

「マルガレータは兄上の「本物の娘」ですものね。実娘が出来れば「偽物の娘」の価値が下がるのも仕方ないことでしょう?」

「叔母様・・・・・・何を仰いますの・・・・・・」

優しかった叔母様がどうなさったの、取り消してくださいませと顔を歪めて言い募るのは無視して言葉を続ける。
彼女は、自分が「優しかった叔母」の息子に何をしたのか忘れてしまっているらしい。

「もし兄上がマルガレータを選んであなたを見捨てたとしても」

「叔母様!止めてくださいませ!」

「あなただって、アッシュが「本物」でルークが「偽物」だと分かった途端にルークを見捨てたのですものね」

「偽物」と分かったら従弟を、幼馴染を捨てたあなたになら分かるでしょう、「偽物」より「本物」の方が可愛いのよ。
凍りついたように立ちつくすナタリアに向かって吐き捨てるように言う。

シュザンヌは本心からそう思っている訳ではない。
ずっと側にいたチーグルの仔、ルークを慕っていたメイドや騎士、今でもルークの帰りを諦めず待ち続けている人々がいることを知っている。
彼らにはすり替えられたレプリカだったと分かってもルークの価値を、思い出を変えなかった。


けれどナタリアは、偽物と分かった途端にルークの価値を変えたナタリアは、彼らとは違う。


ヴァンに騙されて操られ、アクゼリュス崩落の罪を背負わされ、「偽物」と突きつけられて気を失ったままのルークに頓着せず置いて行った。
例え彼女が恋をした「ルーク」ではなかったとしても、七年間を共に過ごした幼馴染の「ルーク」ではあったのに、ナタリアは「偽物」と知った途端に価値のないものと切り捨てた。
従姉として共に過ごした七年間の思い出を、突然ルークが「本物」の従弟ではないと言われたら変えてしまった。


偽物を切り捨てた人間が偽物でも変わらないと庇われるのを受け入れる、思い返せばなんて皮肉だろう。
それは既にナタリアが否定したことでしかなかったのに。

ルークがその皮肉に気付かず真剣にナタリアを庇っていたのは分かっているけれど、ナタリアに切り捨てられたルークが口にしたことが余計にその皮肉さを際立たせていた。


そんなナタリアから、本物を選ばれた偽物の悲哀を訴えられても一片の同情も沸かなかった。



「兄上も偽物なんて、本物が出来れば価値がなくなったのよ。あなたのように」


再び言い捨てると、泣き崩れるナタリアの方を振り向きもせず、シュザンヌは部屋を出て行った。















                        
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