どうして自分は気付けなかったのだろう己の罪に。取り返しがつかなくなるまで。
またひとつ、罪を重ねた
「仇打ち?」
ええ、とネフリーが悲しそうに答える。
ケテルブルクに立ち寄り、ネフリーの部屋で用意されたお茶とお菓子をつまみながら近況を話していた時、ルークたちも何度か訪れた道具屋の主人夫婦が殺人の罪で逮捕されたとネフリーから聞かされた。
あの夫婦は明るく温厚でとても人を殺すようには見えなかったのに、と驚愕するルークたちにネフリーが新聞記事などから知った事件の詳細を話した。
その殺人は、夫婦の幼い息子の仇打ちだったのだと。
「先月あのご夫婦の一人息子が病気で亡くなっているの。動機はその仇打ちだったそうよ」
「でも、子供は病死だったんだろう?なのにどうして仇打ちが起こるんだ?」
ネフリーの説明を聞いて尋ねるガイに、ルークたちも同意するように首を捻る。
「亡くなったのは病気のせいだけれど、馬車でお医者様を呼びに行く途中に強盗に襲われて、お金や荷物だけではなく馬車まで奪われてしまったために、徒歩でお医者様の所まで行かなくてはならなくなったのですって。病人を診てもらうために医者を呼びに行くところだから馬車だけは返してくれと頼んでも聞いてくれなかったとか。そのせいで医者が来るのが酷く遅れてしまって・・・・・・着いた時にはもう手遅れになっていたそうよ。それで強盗を探し出して・・・・・・」
「その強盗が馬車を奪わなければ、医者がもっと早く着いていれば助かったかもしれないのに、そう思った訳ですか」
「それは・・・・・・恨むのも分かるな、医者を呼ぶ邪魔をされたってことは息子を助ける邪魔をされたってことなんだからな」
「確かに、子供の死にはその強盗も責任があるわね。でも殺すなんて・・・・・・アニス?どうしたの?」
ティアが真っ青になっているアニスに気付いて声をかけるが、アニスは目を見開いたまま瞬きすらせずに硬直したままだった。
ネフリーの話は悲惨ではあったが、アニスがそれにここまでショックを受けるのは明らかに不審でみんな次々に声をかけるが、それにも反応せずアニスはただ人形のように黙ったまま、どんどん顔を青褪めさせて行く。
「アニス?アニス!?どうしたんだよ!?しっかりしろって!」
ルークに肩を掴んで強請られてようやく顔を向けたが、唇まで蒼褪めたまま、体も小刻みに震わせていた。
「あ・・・・・・な、なに?」
「なに、じゃないだろ、真っ青だぞお前。震えてるし・・・・・・風邪でも引いたのかよ?」
「ケテルブルクは寒いですからね。大事になってはいけませんし、今夜はここで一泊しましょうか」
「それが良いわね、念のためお医者様を呼んでみて貰いましょうか?」
「ええ、お願いしま──」
「いらない!」
ネフリーの言葉に頷こうとしたティアの言葉を遮ってアニスは叫ぶと、そのまま知事の屋敷から飛び出していった。
止める仲間たちの声も聞こえなかった。外の寒さも感じなかった。
どれだけ走ったんだろう。
途中でまた雪が降り出して、コートを忘れたあたしの体にどんどん積っていったけどそれでも構わずに走り続けた。
自分の罪の重さに、それを知らずにあたしを気遣うみんなに居た堪れなくて、少しでもあの場所から遠ざかりたりたかった。
「あっ!」
足が縺れて雪が積もった道に倒れ込んで、更に雪に塗れたけど起き上がる気にもなれなかった。
新雪の下の溶けて泥や馬糞と混じった雪に汚れても、拭う気にもなれなかった。
こんな汚れよりもずっと、自分の心は汚れていることを知っていた。
「ごめん・・・なさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
いつの間にか、雪の中でしゃくり上げながら、誰にも届かない謝罪を繰り返していた。
あの時、自分は知っていたはずだった。
ジェイドから預かっていた親書の中身を盗み見て、平和条約締結と共に、障気に包まれたアクゼリュス救援の要請があったことを知っていたはずだった。
ジェイドたちが、和平の使者が、同時にアクゼリュスへの救援を要請する使者でもあったことを、アクゼリュスには障気の中で助けを待つ人々がいることを知っていたはずだった。
障気のことだって士官学校で習ってた。
障気は触れる時間が長ければ長いほど中毒は重くなる。
重度の障害になれば、内臓機能を冒され衰弱して、最悪の場合は死に至る。
だから障気が発生した場合、障気に触れない安全な場所まで被災者を移すことが早急だって、それが遅れれば遅れるほど被害は深刻になるってちゃんと知っていた。
タルタロスがキムラスカに届かなければ、アクゼリュス救援を要請する使者がキムラスカまで行けなければ、アクゼリュスに救援が届かなければ、どうなるか分かるはずだったのに。
ああ、どうして気付かなかったんだろう。
タルタロス襲撃はアクゼリュス救援の使者襲撃と同じで、それを手引きしたことは、タルタロスの人たちだけじゃなく、障気に包まれたアクゼリュスの人たちから救援の手段を奪おうとしたのと同じだということに!
あたしのしたことは、アクゼリュスの人たちを助ける邪魔したのと同じだってことに!
ルークがヴァン揺将に操られてアクゼリュスを崩落させた時、あたしはサイテーだって責めた。
自分が何をしたのか自覚してないって軽蔑した。
でもあたしだって何も分かってなんかいなかった!
あたしは自分のやってることがアクゼリュスの人たちを死なせるってことが理解できる環境でやったんだ。
気付かなかったとしても、ルークみたいに何も知らなかった訳じゃない、結果が予想できなかった訳じゃない。
知識があって、結果が予想できたのに、気付けるはずだったのにしてしまったんだ、あたしは!
一度だけじゃなく何度も、救援を頼みに行く大佐を、アクゼリュスの救援に行く親善大使一行を、何度も襲うのを手伝って、何度もアクゼリュスを助ける邪魔を繰り返してた!
例え襲撃が失敗して大佐が無事にキムラスカについたとしても、キムラスカにアクゼリュスを助ける気がなかったとしても、でもあたしがしようとしたのは、アクゼリュスの人たちを死なせようとしたことだった。
あたしは自分が何をしたのか何も分かってなかった。
自分がアクゼリュスの人たちを死なせようとしたことにずっと気付かずに、苦しんでいるアクゼリュスの人たちを見ても罪悪感も沸かなかった。
パパとママのためだったとしても、そのために犯した罪を罪だと思ってすらいなかった。
あたしは自分の罪を、何も自覚していなかった。
「アニス!」
結果的にそうならなかったとしても、あたしはルークと同じ罪を犯そうとした、アクゼリュスの人たちを死なせようとしたのに、アクゼリュスの人たちが死ぬなんて予想できなかったルークとは違って、あたしはアクゼリュスの人たちを死なせることになるって予想できる環境にあったのに、あたしはそんなルークを、頑張ってるから認めてやってもいいかなってと思いあがって見下して嘲っていた。
自分はルークとは違う、ルークみたいな愚か者じゃない。
アクゼリュスの人たちを死なせたり、自分の罪を自覚せずに逃げたり、そんなサイテーなことはしないって信じ込んでいた。
「アニス、大丈夫か?どっか打ったのか?」
何も知らないルークは、責められて見下されて嘲笑われて、そんなあたしたちを自分とは違う、自分みたいな愚か者じゃない、罪は犯さない人間なんだと思いこんだ。
「まぁアニス、泣いてますの?何処がそんなに痛いんですの、すぐヒールをかけてあげますからそんなに泣かないでくださいな」
「雪の中にいたら風邪も酷くなるわ。ルークはアニスを背負って連れて行ってちょうだい。私は先に行ってネフリーさんに温かい飲み物とお医者様を頼んでくるから」
あたしを気遣ってくれる何も知らないみんなは、きっとあたしはがルークとは違う、ルークみたいな愚か者じゃない、罪を犯さない人間なんだって思いこんでる。
あたしもアクゼリュスの人たちを死なせようとしたって分かったら、みんながあたしに持ってる幻想が滅んだら、きっとアクゼリュスの時のルークのように、みんなあたしのことを責めて、軽蔑して、置いて行ってしまう。
「ごめん・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん・・・・・・なさい・・・・・・」
「なんだよこんなことぐらいで謝るなって」
「そうよ、仲間じゃない私たち。本当に今日のアニスはどうしたの?」
「風邪で弱気になっているのでしょうか、アニスがこんなに泣き虫になるなんて・・・・・・やっぱり大事をとって今日は休んだ方が良いですわね・・・・・・」
違うんだよ。
あたしはみんなを騙している。あたしは仲間なんかじゃない。
何度もみんなを騙して、何度も襲撃をさせて、幾つも罪を隠して、今もまたようやく気付いた罪を隠している。
みんながあたしに幻滅するのが恐くて、ルークみたいに責められるのが怖くて罪から逃げている。
タルタロスのことだって、アクゼリュスのことだって、大佐にも皇帝陛下にも告白する勇気はない。
ルークのことは責めたのに、自分が責められることからは逃げる卑怯者なんだよ。
みんなが仲間だと思っている、気遣ってくれているのは幻想のあたしなんだよ。
ごめんなさいみんな、ごめんなさい皇帝陛下、ごめんなさいアクゼリュスの人たち、ごめんなさいタルタロスのの人たち、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・。
意味が通じない謝罪を繰り返しながら、あたしはまたひとつ、罪を重ねて堕ちていった。
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