「あなたが・・・・・・、あなたのせいで・・・・・・、私の夫と息子は、あなたのせいで!」

なぜ自分が責められるのか、ガイには分からなかった。
思い当る罪など、何もなかった。







分かたれぬ過去、背負うべき罪







食料の村エンゲーブの奥にある小さな民家。
その中でガイは多くの人々に取り囲まれ、憎まれ、責められていた。
本来ならばこんな所は伯爵家の当主として皇帝の寵臣として忙しい日々を送っているガイが来るような所ではないが、三年前のエンゲーブ住民の避難の際に知り合った女性・ミリアムから、村に訪れることがあったら是非家に立ち寄って欲しい、ささやかながら三年前のお礼をしたいとの手紙を受け取ったことがきっかけになり、あの旅の間は何度も立ち寄った思い出深いエンゲーブに懐かしさを誘われ息抜きの観光がてら訪れるのも良いと軽い気持ちで村に訪れた。

ミリアムは村の入り口でガイを迎え友好的に応対したが、家の中に入った途端豹変し、室内にいた十数人の険しい形相をした者たちとともにガイを罵りはじめた。
ガイは戸惑って後ずさったが、扉の閉まる音と鍵のかかる音に逃げ道を失ったことを悟る。
ミリアムが自分を陥れたのだということも。

けれどその理由には全く思い当たらなかった。
ミリアムやエンゲーブの村人から悪意を受ける覚えなど少しもないのに、とただ困惑するだけで。
だからこれは何かの間違いだと、彼らは何か誤解しているのだと信じ、ひきつりながらも笑みを浮かべて話し合おうとしたが、責められる理由に思い当たらないことも、笑顔を向けられることも彼らにとっては怒りを煽るものでしかなく、罵声は更に大きくなる。

「あなたが・・・・・・、あなたのせいで・・・・・・、私の夫と息子は、あなたのせいで!」

罵声の中に混じったミリアムの言葉に、避難の際に交わした会話を思い出す。


“こちらの旦那さんはアクゼリュスの鉱山で働いてたんだよ”

“丁度、息子が主人に会いたいとあの街に滞在しているときに、消滅事件が起きて・・・・・・”


「ミリアムさんのご主人と息子さんって、アクゼリュス・・・・・・で、亡くなった・・・・・・?」

「ここにいる奴らはな、みんなミリアムさんたちと同じようにあのアクゼリュス崩落で知り合いを失くしたんだよ!」

ミリアムの隣にいた男が怒鳴ると、私は弟を、俺は友達を、お前のせいで!と周囲の村人たちも次々に叫びながら再び憎悪の視線を向け罵り始める。
かつて自分が持っていたのと同じ、家族を、親しい者たちを奪った者に対する復讐心を込めた眼差しを向けて。

けれどどうして自分に向けられるのかガイには未だに分からなかった。
それを向けられるべき相手は他にいるはずだ、自分じゃない、自分は違う。

「でも、でもアクゼリュスを崩落させたのはヴァンとルークだ、どうして俺を」

「同じでしょう!ヴァン・グランツの回し者スパイのくせに!!」

ガイは息を呑んだ。
どうしてそれを知っているんだ、ファブレ公爵家にも、皇帝にも明かしていないはずなのに何故バレたんだ。

ガイとヴァンが共にファブレ家に復讐を誓った同志であったことは、あの時の仲間達だけの秘密になっていた。
キムラスカもファブレ公爵家もガイが復讐を計画していたことは知っていても、ヴァンと共犯であったことまでは知らないままだった。
ガイ自身も、主君でありまたアクゼリュスを領土に持つマルクトの皇帝でもあるピオニーにすら明かす必要を感じてはいなかった。
ルークがヴァンに裏切られアクゼリュスを崩落させられた後も、ルークがアクゼリュス崩落の罪を己ひとりの罪だと言い放った時もずっと隠し続けていたように。

「ベルケンドで弟が聞いていたのよ!あなたたちが研究所の前で、あなたがヴァンの同志だったと話しているのをね!」

そう言われてガイの胸中に後悔が過る。
失敗した、人通りの多い街中などではなく密閉された室内で話せばバレなかったのにと。
それがどうアクゼリュスに関係するのか、何故それを知った彼らが自分を憎むのかも考えずただ秘密が明かされてしまったことだけを悔いたが、続くミリアムの言葉は容赦なくガイに罪を突きつけた。

「アクゼリュス崩落はヴァン・グランツとレプリカルーク二人だけの仕業にされているけど、あなただって同罪だったんじゃない、どうして二人だけを罪人にして平気な顔をしていられるのよ!共犯者のくせに!!」

「違う!確かに・・・・・・昔はヴァンの同志だったが、あの時にはもう道を分かっていた、過去とは決別したんだ!」

ガイは三年前にベルケンドで回し者スパイだとバラされた時と同じ論法を繰り返す。
これからは回し者スパイではないからと、今まで回し者スパイとしてやってきたことにも、その結果引き起こしたことにも目を向けなかったように。
道を分かちさえすれば、自分はもう悪くないとでも言うように。
だが引き起こしたことで家族を失った人間がその身勝手な態度に納得するはずもなく更にガイを責めたてる。

「過去とは決別したから、過去にアクゼリュス崩落に協力した罪からも決別したとでもいうの?ふざけないで!」

「協力なんてしてない!アクゼリュスはルークがヴァンに騙されて崩落させたんだ、俺は協力なんてしてない!」

「ヴァンはアクゼリュス崩落にレプリカルークを利用するために騙して、信用させて、自分の言葉に従うように仕組んだのでしょう。それに協力していたということは、あなたはヴァンがアクゼリュス崩落に使う兵器を手に入れるのに協力したということでしょう!?」

「だったらお前だってアクゼリュス崩落に協力したんじゃないか!同罪だ!」

「俺・・・・・・、俺は・・・・・・」

ヴァンがガイの協力を得て騙したルークを操りアクゼリュスを崩落させたなら、ガイの協力はすなわちアクゼリュス崩落への協力になり、ガイがアクゼリュスの人々を殺す一端を担ったことになる。
その当然の図式を頭では理解しながらも、ガイはなおも否定の言葉を、自分の罪から逃げる言葉を繰り返す。
お前が悪いと突きつけられても、俺は悪くないと逃げ続ける。

「ちが・・・・・・違うんだ、俺は、ただ家族の仇に、ファブレ公爵に同じ思いを味あわせてやろうとしただけなんだ!ホド消滅の復讐のためだと言われて、ルークを騙すのもそのためだと思って・・・・・・だって、ヴァンがそう言ったんだ、アクゼリュスのことなんて何も・・・・・・ヴァンは何も教えてくれなかった!」

「言い訳ばかりしてんじゃねぇよ!考えなしのお坊ちゃんが!」

「あんたが人の言葉に惑わされて結果を考えようともしなかったからでしょう!」

「何も知らなくたってあなたのしたことがアクゼリュス崩落への協力になったのは事実なのに、悪くないとでも言うの!?」

言い訳にかえって火に油を注がれたように嫌悪を滲ませて非難する村人に、ガイはもはや言い訳も思いつかず弱弱しく否定することしかできなかった。

「違うん…だ・・・・・・」

「ケセドニアでレプリカルークが、アクゼリュスの崩落は自分が招いたことで責められるべきは自分ただ一人だと告白した時だって、お前は何も言わずただ突っ立ってたそうじゃないか!確かにあのレプリカルークも悪い、だがそもそもレプリカルークが騙されるように協力したのはお前だろう!?自分が協力したくせに何を他人事のように言ってるんだ?どうしてお前はレプリカルークと同じようにアクゼリュスの崩落を招いたのは自分だと、責められるべきだと告白しなかったんだ、どうしてお前は自分も一緒に背負うべき同罪を、レプリカルークだけに背負わせて平気な顔をしていられたんだ!?お前も同じはずじゃないか!」

「協力しただけじゃなく罪から逃げるなんて、騙した相手に全て押し付けて知らない顔していられるなんてサイテーよ!」

「背負うべき、罪・・・・・・」

既視感を感じた言葉に鸚鵡返しに繰り返しながら、ガイはようやく、今更になって気付いた。

ヴァンに騙されたのも、アクゼリュス崩落に利用されたのも、結果的にアクゼリュスの人々を、彼らの家族や友人を殺してしまったのも──あの時ルークが背負った、ガイがルークに背負わせた罪は全てガイのものでもあった。
そしてガイはヴァンに協力することで、ヴァンがルークにその罪を背負わせるのに協力した共犯者でもあったのだ。

同じ罪を犯しながら、犯させながら、ガイはルークだけを責め、ルークだけを置き去りにし、ルークだけに罪を背負わせてきた。

仲間たちがルークを責めるのをあいつが馬鹿なことをしたんだから仕方がないと肯定する一方で、同じ罪を犯しながら隠蔽し仲間の中に居続ける自分の立場に後ろめたさを感じることもなく、俺は悪くないと言ったルークに幻滅して魔界に置き去りにしながら自分は悪くないのだと罪から逃げ続け魔界に残ることもなく、ルークは馬鹿かもしれないと見下しながら自分の愚かさには目を向けることなく、俺は親友だろうと何の疑いもなく笑いかけ多くの罪と裏切りをルークに重ねてきた自分が親友を名乗れるのか見つめ直すこともなく。

いつも全てルーク一人の罪にして、自分の罪には蓋をしてきた。
何ひとつ罪を自覚してこなかった。
そうやって目を背け続ければ続けるほど罪は重く取り返しがつかなくなると言うのに、気付いた時にはもう遅くて。

既にルークはいない。
ローレライを解放して消えてしまった。

ガイは不意に、最後の戦いの直前にルークに向けた言葉を思い出した。

“俺は酷なことを言ってる。生きて生きて行き抜いて、恨み、憎しみ、悲しみ、怒り・・・・・・。全部しょいこまなきゃいけないってな。でも、お前だけに背負わせたりはしないぜ。俺もお前と同じだ。世界中がお前のやってきたことを非難しても、俺はお前の味方だ。俺はヴァンの六神将とは違うぜ。自分も生き抜いた上にお前も助けてやる”

自分が共に負うべき罪ですらルークだけに背負わせたのに“お前だけに背負わせたりはしない”

共犯者としてヴァンに協力し続け助けなかったのに“俺はお前の味方だ”“助けてやる”

一度も謝ることなく、後悔することもなく、自分が協力した罪を共に背負うことも自分から罪を明かすこともなく、罪を自覚することも打ち明けることもないままに自分は親友だと、助けてやると、最後まで一片の真実もない幻想のような欺瞞の羅列ばかり並べていた自分を、騙され見捨てられ隠され裏切られ続けたあの子供はどんな気持ちで見ていたのだろう?

もうルークはいない。謝ることも償うことも出来ない。ルークの背負った罪を、自分が共に背負うことも出来ない。
永遠にルークひとりに背負わせたまま、自分は親友面した卑怯者のまま。

そしてミリアムたちからみれば、家族の友人の仇、ヴァンの共犯者のくせに明かすことも償うこともなくひとり罪を隠して逃れていた憎むべき仇。

自覚した罪の重さに押し潰されるようにその場に崩れ落ちたガイにミリアムがナイフを振り上げて叫ぶ。


「私たちからみれば、ヴァン・グランツもレプリカルークもあなたもみんな仇に変わりはないのよ!」



もう逃げる術も目を逸らす余地も何処にもなかった。

過去からも、罪からも、自分自身からも、家族の友の仇、そう叫んで襲ってくる無数の刃からも。















                        
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