「お前は、どうしてアクゼリュスで俺に幻滅したんだ?・・・・・・どうして、笑いながら親友だなんて言えるんだ?」

滅びる幻など、友情など何処にあったのだろう?







虚構の幻想







ベルケンドでヴァンと会話した頃から、ずっとルークの態度はおかしかった。
ティアやアニスが話しかけても上の空にじっと考え込んでいるし、ガイへの態度は酷くぎこちなかった。

怒ったティアたちの説教を仲裁するように割って入ったガイは何時ものように笑いかけ、“親友らしく”庇って悩みを聞いてやった。
どうせまた卑屈な自己否定をしているのだろう、親友の俺が認めて慰めてやろうと思いながら。

「なあルーク、言いたいことがあるなら言えよ、俺はお前の親友だぞ?」

「親友・・・・・・?」

そう言われて俯いていた顔を挙げたルークの声にも目にも今まで向けたことのない猜疑と怒りが込められているのを見た時、ガイの胸の中には言いようのない黒々とした不安感が渦巻き始めた。

──なんだこの気持ち・・・・・・後ろめたい?恐ろしい?なんで、ルークに睨まれてこんな気持ちになるんだ?

「なぁガイ」

「・・・なんだ、よ?」

答える声がぎこちなくどこか怯えを含んだものになったことに気付き、慌てて自身を鼓舞するように無理に大きな声を出して笑う。

「なんだよ!悩みがあるなら聞いてやるし、困ったことがあるなら助けてやるから言えって!俺はお前の親友だからな!」
けれどその声さえもどこか震えて、ひきつったものになっていた。

ルークに怯えている訳ではない。
ガイが怯えているものはガイ自身の中にあり、ルークがそれを、ガイがずっと押し込んで見ないようにしてきたものを掴み出し突きつけようとしているからこその恐れだった。
そしてガイがそれを自分から打ち明けはしない卑怯さが、それなのに親友だと言えることが、ルークの猜疑と怒りの元だった。

ルークはガイに笑い返すこともなく睨んだままに冷たい声音で問いかける。

「お前は、どうしてアクゼリュスで俺に幻滅したんだ?・・・・・・どうして、笑いながら親友だなんて言えるんだ?」

「・・・・・・ルーク?どういう」

「何言ってるのよルーク!あなたまだ自分が何をしたのか分かってないの?」

「ちょっとぉ〜せっかく少しは認めてやってもいいかなって思ってたのに、まだ俺は悪くねぇとか言うわけぇ?」

問い返そうとしたガイの言葉を遮ってティアとアニスが何時ものように上からの罵倒を浴びせるが、ルークは何時ものように怯えて謝ることもなくガイを睨んだまま淡々と答える。

「俺がヴァン師匠に騙されたから、ヴァン師匠は俺を騙していたのに、本当は俺を捨て駒に利用するつもりだったのに、上辺だけの優しい師匠の顔に騙されて言うことを聞いてしまった、その結果アクゼリュスを・・・・・・崩落させてしまった。アクゼリュスの人たちを、殺してしまった。なのに、俺は自分の責任を認めずに悪くないと言った、知らなくても俺が悪かったのに俺は悪くないって言い張って。だからみんなは、ガイは俺を責めたんだよな?」

「そうよ、ちゃんと分かってるじゃないルーク。見直したわ」

再び上からの物言いで誉めるティアの言葉に振り向きもせずルークは同じ問いを繰り返す。

「ガイ、お前は、どうしてアクゼリュスで俺に幻滅したんだ?」

「何言ってるのよ。たった今あなた言ったじゃない」

「そーだよ、なんで分かってることしつこく聞いてるわけぇ?」

「だって、ガイはヴァン師匠の共犯者だったんじゃないか」

ひゅっとガイの喉が鳴った。
ティアとアニスは何を言っているのか分からないと行った様子で怪訝そうに眉を寄せるだけだったたが、続くルークの言葉に顔色を変える。

「共にファブレ公爵家への復讐を誓ったんだろう?ヴァン師匠が俺を騙していることも、好意が上辺だけのものだってことも知ってたんだろう?ティアが襲撃する直前にも、ガイは師匠から何か任されてたよな。見て見ぬふりだけじゃなく協力もしてたのか?」

ルークの声に混じった責める響きに気押され、ガイは思わず後ずさる。
ガイはこれまでどれだけルークを陥れても傷付けても苦しめても、自分が責められる覚悟などなく想像さえしなかった。
常に自分は“馬鹿で子供なルーク”を責める側だと思っていたから。

「え・・・・・・あれ・・・・・・」

「どういうことよガイ、だってあなたそんなこと一度も言わなかったじゃない!」

困惑したアニスが問うように向ける視線にも、ティアの詰問にも反応せずにただ青ざめ、何度か口を開きかけては何も言えないガイに更にルークは問い続ける。

「なあ、ガイ。ヴァン師匠の共犯だったなら、俺がヴァン師匠に騙されたことはお前の望みでもあったはずだろう?」

その瞬間、ガイは頭の中にがん、と殴られたような衝撃を感じた。
先程の後ろめたさの正体、ルークの怒りと親友と名乗ることがそれを煽る理由が、やっと分かってきた。いや、思い出してきた。
ティアとアニスはまだ何か責めているが、ガイの耳には己の罪を浮き彫りにするルークの声だけが響いていた。
恐ろしい、聞きたくない、そう思ってもルークの声は、大声を上げている訳でもないのにガイの中に刻み込まれるように深く響いて逃れられなかった。

「俺がヴァン師匠の上辺だけの好意に騙されて本性に気付けずに信用したのは悪いことで、俺が馬鹿で間違っていたとしても、他人からは責められて仕方のないことだったとしても、お前が望んでいることを俺が知らなかったとしても、でもお前の望みだったんだろう?お前は俺に、ヴァン師匠やお前に騙される愚か者でいて欲しかったし、そうなるように動いてたんだろう?なのに、どうして騙された俺に幻滅するんだ?お前の望み通りの俺だったのに!?アクゼリュスが崩落したのも、俺が悪くないとはもう言わないけどでもお前も悪くないはずがないじゃないか!だってお前の望みの、お前がヴァン師匠にした協力の、その結果起きたことなんだから!なのに、どうしてお前は責任から逃げながら俺が責任から逃げたことに幻滅するんだ?お前もしていることを俺がしたことに幻滅したのか!?」

ガイは七年間、ルークがヴァンに騙されることを望み、ルークがヴァンに騙されるために行動し、ルークがヴァンに騙されるのを助けなかった。
内心では葛藤があったとしても、ヴァンへの協力を止めることもルークにお前はヴァンに騙されているのだと教えることもしなかったなら、ガイの心の秤はルークがヴァンに騙されることに傾いていた。
ガイは結局、最後までルークを助けることではなく騙されたままにしておくことを選んだのだ。

──なのに何故、自分はルークを責めたんだ?

ガイは指摘されて初めてそれに気がついて自問して、そして愕然とした。

あの時の自分は、それを完全に忘れていた。
いや、あの時だけではない。
ルークから指摘された今の今まで、自分がヴァンの共犯者であったことも、ルークが騙されることを望み協力してきたことも、誰にも知られていないのを良いことにまるでなかったことのように忘れさり蓋をして見ないままにしてきた。
自分がやったことの意味を考えず、結果に責任をとらず、騙した相手に謝ることもしないままに全てをルークに押し付けて。

そして自分が犯した罪を棚上げにルークを責め、上から見下し、笑いながら親友だと言い続けてきた。
後ろめたいとは思わなかった。躊躇いも悩みもしなかった。
まるで「自分は悪くない、自分はルークが騙されたことにも、その結果させられたアクゼリュス崩落にも関係ない、全てルークひとりの罪で「自分は悪くない」とでもいうように。

ルークがヴァンに騙されることを望み協力していたのなら、騙されたことも、騙された結果犯させられた罪も──例え知らなかったとしても──自分の望みと協力の結果でもあったはずなのに!

「お前は一体俺にどんな幻想を持ってたんだ!?俺が騙されるのを望んで協力しながら俺が騙されずにいることを望んでたのか?お前は、一体俺にどうして欲しかったんだ?」

激高して怒鳴れながら問われても、ガイは答えを見いだせなかった。


自分がルークに望んでいたのはヴァンに騙されることだったのに、七年間ずっとルークがヴァンに騙されるように動いてきたのに。(どうしてヴァンに騙されたことを責めた?)

アクゼリュスが崩落しヴァンの目的が多くの人間の命を奪うことにあったと発覚しても、結果的に崩落の一端を担ったヴァンへの協力など忘れ去った。(どうして自分のしたことの責任をとらなかった?)
 
自分が騙されるように協力した結果、ヴァンを信じたルークはアクゼリュス崩落に利用されたのに(どうしてルークひとりに背負わせた?)

親が過ちを犯した子を叱るように、過ちを犯したルークを叱ることは当たり前だと思いすらして(子にその過ちを犯させたのは親なのに?子と同じ過ちを犯していたのに?)

ルークを迎えに行ってやるのが感謝されることだと思い、親友だろうと笑いかけた(裏切ったのに、騙したのに、その結果罪を背負わせ苦しめたのに!)


頭の中で幾度自分自身へ問いかけても何ひとつ答えを得られずに、ただ卑怯さを露わにし罪を浮き彫りにするだけで。
自分がしたことを望んだことを責めたことを正当化する言葉など、あるはずもなく、ガイはただ立ちつくす。

「俺は、お前が分からない。俺に望んで、協力して、その結果なのに自分の責任からは逃げて、そのくせ俺には責任から逃げるなと言う親友なんて分からない。どうしてお前はこんなことした自分を親友だって笑って言えるんだ?なぁ、どうしてなんだ?」

今となってはルークの親友だと名乗ることすら罪の上塗りになっていた。
もしもアクゼリュスで全てを話し、罪を共に背負った上で、罪を償う決意をした上で、真実友となることを望んだのなら違った今があったのかもしれないけれど、明かされるまで打ち明けることなく、共に背負うべき罪をルーク一人に背負わせ、罪の償いなど考えもせず、笑って親友だと名乗れることは罪から逃げている証左に他ならなかった。


「・・・・・・幻滅したよ、ガイ」


かつてルークに向けた言葉が返ってきてもガイに言える言葉は何もなく、ただ項垂れて立ちつくすばかりだった。

ルークからも自分の罪からも逃げ続けることによって、ガイは「親友」という幻想を自分で滅ぼし続け、もはやルークがガイに抱いていた幻想しんゆうは欠片も残さずに消え去ってしまったのだと、ガイが自分自身に抱いていたルークの気持ちを無視した幻想しんゆうなどありもしなかったのだと、それが自分の行為の結果なのだと、分かってしまったから。















                        
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