Boomerang







「な・・・・・・なぜ・・・なんだ・・・・・・?どうしてお前、が、俺を・・・・・・」

ガイは血が溢れる腹を抑えることも忘れ、反撃することもできず、ただ愕然と男を見つめていた。

相手がただの見知らぬ暗殺者であれば多少の傷を受けようとすぐに反撃していたであろうが、傷の痛みより精神的な衝撃がガイの動きを止めていた。

ガイの腹に剣を刺した男はガイの使用人であった。
ガルディオス伯爵家を復興した時、ホドの出身だと、領主の遺児であり新しいガルディオス伯爵であるガイに仕えたいのだと言ってきた男。
ガイは喜んで男を受け入れたし、男の口から語られるホドの思い出話や亡き父の話などを懐かしく聞き、これから伯爵としてこの国を良くしていきたいと抱負を語った。

つい先程、彼が突然凶行に及ぶまで、絶対の信頼を向けていたのに。

「どうして刺されたのか分からない、という顔をしておられますね。ガイラルディア様」

分からなかった。
彼は自分の、また父の領民ではなかったか。自分は彼の主人ではなかったか。
それが自分を刺す理由など、ガイには思いつくはずもなかった。

「あなたと同じだから、ですよ。ガイラルディア様。私の家族はあのホド戦争で、ホド島の崩落に巻き込まれて死にました」

それは知っていた。
自分と同じ境遇に共感し、彼も自分の境遇を分かってくれるだろうという連帯感もあった。
なぜそれがこの事態に結びつくのか、ガイには訳が分からなかった。

「お分かりになりませんか?あなたと同じだから、ですよ。あなたはファブレ公爵家に復讐のために潜入し、加害者の家族の命を狙っていたのでしょう?でしたら加害者の家族を狙う私の気持ちもご理解いただけると思いますが」

「俺は・・・加害者の家族、なんかじゃ・・・」

「加害者の家族、ですよ。領主の子息、前ガルディオス伯爵の子息、だから加害者の子息。そうでしょう?」

それでも理解できないガイに、男は侮蔑の籠った暗い笑みを向けた。
男のこんな顔は見たことがなかった、こんな顔で自分を見るなど想像したこともなかったのに。
ガイは胸に抉られるような痛みを覚えたが、それが薄れる間もなく今度は言葉の侮蔑が向けられる。

「まだお分かりにならない?全く愚かなお坊ちゃんだ」

今までの男は、優しい笑顔は、自分を主人だと言ってくれた声は何処に行ったのだろう。
全て偽りだったと言うのか、騙していたと言うのか。
偽りの顔で信じさせて、裏切っていたのか、主従の絆などなかったというのか、自分は男を信じていたのに、どうして、どうして。

血を失ったせいか信じていた者に裏切られた絶望にか朦朧としている頭の中が怒りに熱くなったが、それを言葉にして男に伝えようとした時、かすかな既視感が頭の隅をよぎり口を閉ざした。

──どこかでこんな顔を見た気がする。
男のこんな顔を見たことなどなかったはずなのに、仮面を脱ぎ棄てた復讐者の顔は覚えのあるものだった。

「あなたは和平会談の時に皇帝陛下から聞いたのでしょう?ホド崩落はキムラスカではなくマルクトの仕業だった、先帝の命令で軍部が研究していた超振動を研究資料隠滅のために使ったことが原因だと」

二年前の皇帝の言葉がよみがえる。
だが、それなら狙う相手は皇帝ではないのか。
どうしてホド戦争で家族を失くした自分が加害者の家族になるのか、ガイにはここに至っても理解出来なかった。

「研究はホドの領内に研究所を建て、ホドの住民からレプリカ情報を採取し、ガルディオス伯爵家に仕える騎士フェンデ家の子息を実験体に使うほど大掛かりなものだった。実験でレプリカ情報を抜かれた被験者には死亡、もしくは障害を残した者が何人もいた。それをホドの領主であるガルディオス伯爵が何も知らなかったとでもお思いですか?・・・・・・伯爵は、フォミクリーと超振動の研究にホドを、領民を使うことを承諾したのですよ。危険なレプリカ情報の採取に領民を差し出し、無残に死なせ、障害を負わせた。実験体にフェンデ家の子息、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデを差し出した。そうして行われた研究の成果である超振動が、ホドを崩落させた」

「嘘だ!」

とっさにそう叫びながらも、男の言葉の正しさをガイは察してもいた。
そうだ、領地に研究所を建て、領民を使い、仕える騎士の──本来の主人、守るべきユリアの子孫の──子供を使った研究を領主だった父が知らないなどありえない。
だが認めなくなかった。
認めれば父が、自分が信じていたものが否定されてしまう。
何より自分が──。

「父上がそんなことをするはずが、きっと、きっと父上は何も」

「どこまでガルディオス伯爵が把握していたのかは私にも分かりません。武人であった伯爵は実験の危険性を知らなかったかもしれない。先帝も軍部も伯爵にそこまで知らせなかったかもしれない。知っていたとしても、流石に自分の領地に使われるなどということは伯爵は予想もしていなかったでしょう。・・・・・・ですが、それでも私は許せない!例え先帝に騙されたものであっても、何も知らなかったとしても、伯爵が先帝の言うままに考えなしに協力した結果ホドは崩落した。私の家族も友人も知り合いも、何万人もの人々が死んだんだ!ガルディオス伯爵もガルディオス家も、のうのうと伯爵位を継いだあなたも許せない。この国を変える?あなたごときが何を偉そうに。伯爵か何だか知らないが、綺麗事を並べてもあなたは私の故郷を滅ぼした家の人間で、もっとも憎むべき仇の息子。あなたの親は人殺し、領民殺し、民間人殺しの虐殺者なんですよ!」

「違う、違う!父上は悪くない、父上はそんなことになるなんて思わなかったんだ!」

「ガイラルディア様・・・・・・これ以上幻滅させないでください」

再び既視感を感じて言葉に詰まる。どこかでこれと同じ台詞を聞いたと思った瞬間、蘇る罪の記憶。


崩落する大地。

囲まれて責められる、何も知らなかった赤い髪の子供。

それを庇わなかった自分。

そして自分が彼に言った言葉。




“幻滅させないでくれ”




ガイは、絶望とともに悟った。
あの時ルークを責めた自分には、男の言葉を否定する資格はない。
仲間たちが、自分が、ルークに認めさせた“知らなくても、騙されていても悪い”をホド崩落に当てはめたなら父はホド崩落の共犯、領民の仇。
そして仇の息子の命を狙っていた自分には、仇の息子である自分の命を狙うことを否定する資格などない。

かつて自分がルークにぶつけた言葉は全て父に跳ね返り、その子である自分は父の罪を背負わなければならない──かつて何の罪もないルークとアッシュにファブレ公爵の罪を背負わせたのと同じように。

抗弁する言葉を失くして経ちつくすガイに嘲笑を向けたまま剣を振り下ろす男の姿がかつての自分と重なった瞬間、ガイの意識は途切れた。















                        
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