「私たちも、すり替えられていたとしても姉妹であることは変わりませんものね」

インゴベルトから娘として受け入れられた後、ナタリアは二歳年下の妹 に微笑みかけてそう言った。

受け入れられることを確信していた。
妹も微笑んで同じ言葉を返してくれると、今まで通りに姉妹として接してくれると疑いもしなかった。
すり替えられていたとしても自分と彼女の思い出は、愛情は、家族の絆は、何も変わらないと。

「・・・・・・え?」

けれど緑眼を見開き、奇妙なものを見る様な色を浮かべた妹が口にしたのは、何時か何処かで聞いた様な、冷酷な偽物の否定だった。


「すり替えられていたと分かれば、突然誰かに本物ではないと言われれば、 共に過ごした思い出を、想いを、関係を、捨てて捨てさせようとしたのはあなたでしょう。 それなのに、そのあなたが“偽物の姉妹”との確かさを語りますの? あなたにとっては“偽物”との家族の絆など、とうに変わってしまったものと思っておりましたわ」







絶ち切られた絆







「わ、私はお父様に、お父様に認められましたのよ! お父様は私を我が娘だと、過ごした時を忘れないと言ってくださいましたわ! すり替えられていたとしても、私がお父様の娘で、あなたの姉なのは変わらないはずです!!」

自分が渇望していた赤い髪に緑の眼と叔母のシュザンヌの若い頃に似た顔立ちを、 父の子でありキムラスカ王家の血を引く確かな証を持った の口から、“偽物の姉妹”と、己が偽物なのだと突きつける言葉を向けられ、 胸中を掻き毟られるような苛立ちにかられたナタリアは、御世辞にも上品とは言えない金切り声で喚くように自分を庇おうとする。
けれどその姿は、 の眼には穴だらけの襤褸布を強固な盾だと思い込んで掲げるような、奇妙で滑稽なものにしか映らなかった。

「すり替えられていたと分かれば、突然誰かに本物ではないと言われれば、 共に過ごした思い出を、想いを、関係を、捨てて捨てさせようとしたのはあなたでしょう。 それなのに、そのあなたが“偽物の姉妹”との確かさを語りますの? あなたにとっては“偽物”との家族の絆など、とうに変わってしまったものと思っておりましたわ」

繰り返し言われても、ナタリアはほんの僅かに既視感を覚えただけで思い当りはしなかった。
すり替えられていたとしても姉妹として共に過ごしてきたのに、手の平を返す様に関係を思い出を否定する の冷酷さに傷付いたように、故なく傷付けられる被害者のように、けれど何処か陶酔が混じった悲哀を浮かべて涙ぐむ。

「なんのことですの!?私はあなたを偽物の妹などと思っていませんわ! 私は王女ではなかったことより、お父様の娘ではなかったこと、 あなたの姉ではなかったことの方が・・・・・・辛かったのに・・・・・・どうしてそんな惨いことを言うのです、 どうして何年も共に過ごした家族の思い出を、想いを、絆を否定しようとするのです!?」

はかつてとは違い、ナタリアの涙を優しく拭うことも、震える手を握ることも、気遣う言葉をかけることもなく、 暖かだった声音すら冷めたものに変えて、何時か何処かで聞いた様な、冷酷な偽物の否定を繰り返す。

「ルークがすり替えられたレプリカだと分かった時に、ルークの側に残った私を非難したではありませんか。 それにあの後ルークの所に戻ろうとしたガイのことも止めたそうですわね。 アッシュを指して、“本物のルーク”はここにいるからと、七年間を共に過ごした“ルーク”の従者で親友のガイ、 “ルーク”の幼馴染で従姉の私がルークの元にいることを、あなたは否定した。 すり替えられた偽物に、親友や従姉が側にいる価値はなく、本物の側にいるべきだと。 私やガイとルークの想いは、過ごした時間は、絆は本物ではないと言われれば変わってしまうものだと貶めたでしょう」

そう言われて初めてナタリアは、突然誰かに本物ではないと言われ、何年も共に過ごした親しい者から否定された自分の立場がルークと同じだったことに思い至る。
そして自分が嘆いていた偽物の否定は、かつて自分がルークに向けたものと同じだったことにも。


! あなたはルークの幼馴染で従姉ではありませんか。本物のルークはここにいますのよ”

“ガイ!あなたはルークの従者で親友ではありませんか。本物のルークはここにいますのよ”


そうナタリアは、本物がここにいるのだから偽物の側にいる必要はないと、何年も幼馴染の兄貴分や従姉弟として共に過ごした彼らの思い出を、 築いてきた関係を、育んできた想いを否定した。

「モースは私たちからみたあなたを“偽物”と評しましたが、それはあなたからみた私たちにも言えますわ。 あなたにとって、お父様は“偽物の父親”、私は“偽物の妹”。 七年間を共に過ごしたルークを“偽物”と切り捨て“本物”を選び、私やガイにもそうさせようとしたあなたにとって、 もう“偽物”の家族である私たちは、以前のように親しくする間柄ではなく、共に過ごした時間も愛情も変わってしまったのではありませんの?」

「ち、違・・・・・・私は、私たちは、」

“偽物”だと認めたくなくて、家族から捨てられたくなくて、ナタリアは必死に自分を庇い家族の絆を肯定する言葉を探す。

“すり替えられていたとしても、私はお父様の実の娘としてあなたの実の姉として育てられたのです。”

“19年と17年の記憶が、私たちを家族だと言っています。”

“突然誰かに本当の親子や姉妹ではないと言われても、それまでの記憶は変わりませんわ。”

けれど浮かぶ言葉はどれも過去の自分自身が否定したものばかりで、かつて偽物を否定した口で偽物への愛を語っても虚しいだけだった。

「私は、ルークが言ったようにすり替えられていても、突然誰かに本当の家族ではないと言われても、 家族として過ごした思い出は変わらないと思いますし、今もルークのことは大切な幼馴染の従弟だと思っておりますわ。 でも・・・・・・あなたはそうではないのでしょう? あなたにとって私は“偽物の妹”、もう私たちは“偽物の姉妹”ですものね。 あなたがそういう考えをお持ちなのなら仕方ありませんわ。 私もあなたを姉とは呼びませんし、これまでのように親しくもいたしませんわ。 だってあなたにとって、“偽物”になった関係は、思い出は、想いは価値を変わってしまうのですものね」

インゴベルトの前でナタリアが語った、切り捨てられた偽物の悲しみと変わらぬ愛情。

ルークがナタリアを庇おうと語った、家族の思い出と絆の確かさ。

ナタリアはそれをとうに切り捨て否定していて、他者にもそうあれと求めていて、心地よく陶酔していた悲劇にして感動的な家族劇は、滑稽で醜悪な喜劇でしかなかった。

ナタリアは崩れ落ちるように床に座り込み、潤んだ目で縋るように妹を見上げたが、 滲んだ視界に映ったのは拒むように出て行こうとする妹の背中と、そして開けた扉の向こうに佇む青褪めた従弟の顔だった。

「ル、ルーク!」

ナタリアは縋るような眼差しの先を、冷たく背を向けたままのからルークに移し、助けを求めるように手を伸ばす。
インゴベルトの前でしたように自分を庇って欲しいと、すり替えられていたとしても記憶は変わらないと言って欲しいと。

けれどルークは、インゴベルトの前でしたようにナタリアを庇うことなく、何も言わず、ただ悲しそうな表情でナタリアを見つめた。
共に過ごした何年もの思い出は、家族の絆は、とっくにナタリアが否定していたのだから、彼女を庇う言葉にはなりえないのだと気付いてしまったから。
そして自分とナタリアの間のそれも、とうに彼女に否定されていたということにも。

はかつてと変わらぬ優しい仕草で、ルークの濡れた頬を拭い震える肩に手を置くと、暖かな声音で気遣う言葉をかける。

「ルーク・・・・・・私にとって、私とルークが過ごした時間も、大切な幼馴染の従弟であることも変わりませんわ」

「うん、わかってる。 は変わらないって、分かってる」

ルークは肩に置かれた の手を強く握って頷き、再びナタリアを見ると伸ばされた手を拒むように首を振った。

「ナタリアは、ナタリアにとっては、違ったんだな・・・・・・」

偽物には価値はないと、側にいる必要はないと、ルークとの絆を絶ち切り他者にも絶ち切らせようとした時に、 ナタリアは自分自身の絆をも絶ち切っていた。

「さようなら。俺の従姉で幼馴染だった“ナタリア”」

そう言うとルークもナタリアに背を向け、と共に振り向くことなく立ち去った。
かつてと同じように二人固く手を握り合い、かつてとは違いナタリアに背を向けて、離れて行った。


妹と従弟から告げられた別離に、親しい人間の喪失に、突きつけられた自分自身の冷酷さに、 何重にも引き裂かれるような痛みに苛まれながら、もうナタリアは悲劇に陶酔して逃げることはできなかった。

それはかつて自分がルークに向けたもの、 やガイにさせようとしたこと、そしてルークに与え与えようとした痛みだと自覚して、 打ちのめされて座り込んだままのナタリアの握られることのなかった手が、拭われることのなかった涙で濡れていった。












  




                        
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