「つまり君は、何が言いたいんだい?」

「だから、言ってるじゃないか。ティアを責めるのを止めろ、ティアとちゃんと仲良くしろとたった今言っただろう?」

どうして分からないんだと不満げに、また分からないを見下すように睨んでくるガイに、 は呑み込みの悪い子供にうんざりとするように顰めた眉根を指で押さえ、溜息とともに問いかけを繰り返した。

「私は言葉についてではなく、その言葉の先の意味について聞いたんだけれどね。 一体君は、何が言いたいんだい?そして何を言っているのかを、きちんと理解しているのかい?」






スケープゴート身代わり山羊がために






マルクトに飛ばされたルークを捜し出し、和平の使者一行と共に旅をすることになって数日たったある夜のこと。
野営する場所からやや離れた木立の中で、ガイはひとりの青年と睨みあい、敵意をぶつけ合いながら口論していた。
その夜の闇にに溶けそうな漆黒の髪と眼の青年、 ・フォン・はガイと同じくルークの友人であり、兄貴分や育ての親ともいえる関係にあった。
ルークの母方の遠縁にあたる伯爵家の出身で、7年前にルークの遊び相手を兼ねてファブレ公爵家に引き取られてから、 ずっとルークと共にいて、養育や教育にも携わってきた。

ティアによるファブレ公爵家襲撃事件の後、もルーク捜索に出発し、陸路で捜すガイとは別行動をとり、 ルークとの共通の友人でゲオルク騎士団という騎士団に所属しているカール・フォン・ヴァルブルクの斡旋で、 巨大な鷹の魔物グリフィンを操る騎士団の鷹匠の協力を得て、空路でルークの捜索にあたっていた。
ルークが飛ばされた場所に近いエンゲーブから捜していたため、はガイよりも早くルークと合流し、 そしてガイが合流した時には既に、ティアととの仲は険悪だった。
は何かとティアのルークへの態度を責め、ティアがルークにお説教すれば間髪入れずに反論したり聞かなくていいとルークに教えて邪魔に入り、 ティアがルークを戦わせようとするのも詠唱中は護らせようとするのも止めていた。
ティアはルーク以上にを嫌い、それ以上にはティアを嫌い、 ルークもティアを避けるようにと行動を共にして、ティアを鬱陶しがったり、説教を無視するようになっていた。

またゲオルク騎士団の鷹匠のウォーレンという青年も、の友人の紹介で同行しているためか、と同様にティアに冷たく、 常にルークの側にぴったりと張り付いて、ティアがルークと話そうとすれば直ぐにを呼んだり、 ルークを連れてティアから離れたりグリフィンで上空に上がったりするため、の隙をついてティアとルークを二人きりで話させることもできなかった。

更にはイオンも、アニスも、ジェイドもティアに冷たく、ガイがティアの相談にのって聞いたところ、 三人とも出会った当初は好意的だったのに、がティアを責めたことで急に冷たくなったのだという。
特にジェイドの態度は厳しく、ティアに手枷を嵌めた上に譜歌防止の特殊な轡を付けるほどだった。
その轡を付けられてからのティアは譜歌は使えず、口内に大きな轡を入れられたために唇は痛み、 言葉はなんとか出せるものの僅かな音をたどたどしく発するのが精々で、 ガイとの会話も何度も話したり筆談を交えてやって会話を成り立たせているほどだった。
それでもティアは苦労しながらも何度もルークへのお説教を続けようとしたが、 その度には相変わらず、イオンたちの前だろうと関係なく、ティアへの責めとお説教の邪魔を繰り返していた。

目を潤ませて、美しい唇を轡で痛め、音律士だというのに譜歌も使えない状態にされて、声もたどたどしく話すのも苦労して、 細い手首を重い枷を嵌められて赤くしているティアに、ガイは同情し、何かと気遣い、相談に乗り、優しく接してきた。

そしてティアがこんな目にあう原因を作った張本人だとに怒り、侮蔑し、 野宿の途中にルークやウォーレンと共に休もうとしていたを強引に連れ出して、 ガイが考えているティアの気持ちや苦境を言葉を尽くして語り聞かせ、 ティアを責めるのは止めろ、ティアとちゃんと仲良くしろと、まるで兄がわがままな弟を叱るような口調で要求した。

がティアを責めるのを止めれば、お説教の邪魔するのを止めれば、 ルークもティアを気遣わない無神経な態度を改めて、ティアのお説教をちゃんと聞くようになるだろう。
そしてイオンもジェイドもアニスも、ティアにこんな酷いことをするのを止めて、 出会った当初のようにティアに好意的に接してくれるだろう。
きっとルークがティアにわがままなことをすれば、三人もルークを諌めてくれるだろう。

みんなが仲良くすれば良い。
ティアが悪意を向けられることがなくなれば良い。
そのためにティアを責めたり邪魔をするの態度を矯正してやるのは誰にとっても正しいことだと、そう疑うことなく。

「言葉の先の意味?先も後もないだろう、意味は言葉そのままだぞ」

「では言い方を変えようか。──言葉の先を考えろ。自分の言動の結果を想像しろ。 私にルークの苦境を傍観しろ、ルークを見捨てろと言っているのと同義なのを理解しろ。そう言えば分かるかい?」

自分は誰にとっても、ルークにとっても良いことをしようとしていると確信しているガイは、 の言葉を深く考えることもせず、考える必要があるとも思わず、直ぐに怒鳴るように荒い口調になって反発する。

それが更にガイのルークへの感情を、ガイ自身が自惚れているものとは正反対のものを浮き彫りにしていることには気付かずに。

「何言って・・・・・・分かるはずがないだろう! 俺はルークとティアを仲良くさせるためにも、お前に二人の仲を悪化させるようなことを言うなって言ってるのに、どうしてそうなるんだ!? ルークにも、ティアにも、お前にも、ジェイドたちにもみんな仲良くして欲しいと思ってるから、矯正してやろうとしているのに・・・・・・!!」

「矯正、ねぇ。私がティアのルークへの態度について責めることが二人の仲を悪化させていると、 それを止めさせて私がティアと仲良くさせることが“正しい”と君は思う訳だ?」

“矯正”の部分にはまるで忌々しいものを口にするような声音があったが、 他人を、それも世間知らずでわがままな貴族のお坊ちゃんと見下しているルークやを“矯正”することに疑いなく、 美麗な印象ばかりを抱いているガイには不快に拍車をかけ、それを振り払おうとするように、殊更に兄貴分が弟分を叱るような態度をとった。

「そうだ!分かったら、もうティアを責めたりお説教の邪魔なんてせずに、ちゃんと仲良くするんだぞ? ルークといいお前といい、何時までもわがままばかり言っていないで、 少しは人の気持ちを推察したり気遣ったり、お説教を良く聞くようにならないと、成長して立派な大人になれないぞ」

「分からないねぇ。君のいうことは言葉通りに意味をとれないし、君の言う通りになんて到底できないね。 ティアを責めるのを止めろ?お説教の邪魔をするな?ちゃんと仲良くしろ? 私がルークの友人であり、またこれからもルークと仲良くしていきたいと思っている以上、それはありえないね」

「何言ってるんだ?誰もティアとだけ仲良くしてルークとは仲良くするななんて言ってないだろう。 ティアともルークとも、みんな仲良くすれば良いだけの話じゃないか」

ルークの友人を自称しながらティアと仲良くすることに何の疑念もなかったガイは、 にも当然のように、ルークの友人だろうとティアと仲良くすることに何の問題もないと思い込んでいた。
同じルークの友人という立場の人間から、自分の行動がどう見えているのかなど、無頓着に過ごしていた。
そして、友人と呼ぶ人間から自分の行動がどう見られているのかにも、無神経なまでに無頓着だった。

「いいや、君の言うティアのルークへの態度を責めず、ティアがルークに何をしたのかも気にせず、 ティアがルークにする姉や教師が弟や生徒を叱りつけるかのような説教の邪魔もせずにティアと仲良しこよしなんてのは、 ルークとの友情やジェイドたちとの親交と両立しないし、むしろそれを阻害するね。 確かに私がティアを責めていることは、ティアの悪事や問題行動や欠点を他人の目にも浮き彫りにしてきたさ。 出会った当初はティアに好意的だったイオン様もティアに冷たくなったし、 ジェイドに至ってはあの通り、ティアに譜歌封じの轡をかけて捕縛するようになった。 もちろんティアがルークに戦わせようとするのも詠唱中は護れと要求するのも猛反対している。 もしも私がティアを責めなければ、彼らは今でもティアに好意的で、 ルークへの態度も要求も止めずにいたかもしれないねぇ」

淡々とティアが冷遇されるきっかけになった自分の言動を並べるとは対象的に、 聞いているガイはティアの境遇を再確認すればティアへの同情が増すのか、ますますへの怒りを増したようで、 側に立つ樹木の太い幹に拳をぶつけながら、癇癪を起した子供のような口調で責め立て始めた。

「わかっているならティアを責めるのは止めろと言ってるだろう! イオンが冷たくなったり、ジェイドに拘束された時に、ティアの目は潤んでいたんだぞ? それもみんなお前のせいじゃないか!お前があんなにもティアを責めたから・・・・・!! ルークへのお説教だって、その度にお前が邪魔をするからルークが言うことを聞かない、 ウォーレンがルークに張り付いてるから二人きりでの話もできないって困ってるんだぞ? 轡をつけられても苦労して言葉を絞り出して、ルークにお説教してくれようとしているのに、その好意と努力を無にするのか? だから俺は、ティアがもう辛い思いをしないように、みんなを仲良くしてやろうと思うから」

「だから、代わりにルークをスケープゴート身代わり山羊にしようというのかい?」

スケープゴート身代わり山羊
ガイはその言葉は知っていたが、ルークをそうすると言われても、意味が全く掴めなかった。
初めての旅で疲れていることには同情気味でも、ウォーレンとが側にいて護っているし、拘束され冷遇されているティアの方がずっと、一番辛いと思っていた。
ルークの苦境や辛さも、その原因も、それを悪化させているものも、深く考えてこなかった。

「君は私がティアのルークへの態度を責めず、お説教の邪魔もせず、姉や教師が弟や生徒を叱り付けるように振舞うのを放置して、 み〜んな仲良くなるのが良いことだとでも思っているようだけれどね、 ティアを責めるのを止めずお説教も邪魔をしないでティアと仲良くするということは、 ティアが自覚も反省もなく、逆にルークを傷付け貶め理不尽を強いて スケープゴート身代わり山羊にするのを、 またジェイドやアニスやイオンたちがティアの態度に騙されて錯覚して、更にルークを追い詰めるのを傍観するということなんだよ。 親友の犠牲の上でティアと仲良くするなんて、私は絶対に御免だね」

がそう説明を続けても、やはりガイには意味が全く掴めなかった。
そもそもティアのルークへの態度に、お説教に、姉や教師が弟や生徒を叱り付けるように振舞うことに、 問題や止める必要があるなどとは思っていなかったし、むしろ厳しい姉貴分ができて良かったなとすら思っていた。
ルークがそれに反発するのも、ティアを鬱陶しがるのも、あからさまな優しさしか分からない子供の未熟ゆえだと見做していた。

もジェイドたちも自分と同じようにティアを、ルークを見るべきなのに、 ティアが冷遇されルークが護られるなんておかしい、これじゃ反対じゃないかとすら思っていた。

だからガイが自分を客観視することがあっても、ティアに肩入れするのは優しく思い遣り深いフェミニスト、 ルークにティアへの反発を諌め好意を持たせるのは弟分のわがままを叱ってやる兄貴分、 やジェイドたちとティアのが和解して友好的になるよう取り持つのは人が良く爽やかな好青年という自惚れた見方ばかりになっていた。

「ティアが自分の犯罪も、その犯罪でルークに出会ったことも、ルークに加えた危害や危険も、 全て自覚して、反省して、イオン様やジェイドにも全てを打ち明けて、 ルークにも悔いて償おういう姿勢で接しているのならまだしもねぇ、 ティアの言動はそれとは逆に、被害者であるはずのルークに対して、加害者だなんて第三者の目には分からないようなもので、 むしろ姉弟分や師弟関係とでも錯覚しそうな、姉貴分が弟分を、教師が生徒を叱りつけているような態度をとっているんだよ? この状況で、私が“ティアを責めず、お説教の邪魔もせず、ティアと仲良くする”ということは、 どういうことになるのか、何が起きるのか分かっているのかい?」

経緯、関係、立場、状況、そんな前提によって、言葉の意味は一変する。
時には優しさから発した言葉が人を傷付けることも、冷酷な意味になってしまうことも、苦境に追い詰めてしまうこともある。

被害者ルークの友人であり兄貴分や育ての親とも言えるほど近しい関係の私が、 加害者ティア被害者ルークに横暴な態度をとるのを責めない」

姉や教師のような振舞いの美しい女に責めを向けるのは、一見悪く映るかもしれない。
しかし、真実は女は加害者という立場なら、弟や生徒を叱りつけるような態度をとられているのが被害者なら、 被害者の友人や兄貴分が加害者を責めるのは、態度を止めるのは悪ではなく、むしろ放置することこそが悪を、加害者の横暴を見過ごすことになる。

加害者ティア被害者ルークが見当違いなお説教をされるのを邪魔しない」

いかにも弟の面倒をみてやっている姉、生徒の教育に苦労している教師といった雰囲気を醸し出しながら お説教をしているのは、一見良く映るかもしれない。
しかし、真実は加害者という立場なら、反発されるだけの経緯も旅立った原因も女にあるのなら、 そして説教の内容を深く考え、加害者が被害者に言っていると認識すると、見当違いや矛盾だらけでとてもお説教とは言えないようなものならば、 それを友人や兄貴分が邪魔をするのは悪ではなく、むしろ放置することこそが悪を、加害者の誤った説教や態度を見過ごすことになる。

被害者ルークを見捨てながら 加害者ティアと仲良くする」

人と仲良くなるのは、みんなで仲良くするのは、良いことだと思いがちだ。
しかし、仲良くなる相手が真実は加害者という立場なら、加害者の態度を見過ごしながら仲良くすることが、被害者な友人や弟分の苦境を見捨てることになるなら、 友人や兄貴分が加害者と仲良くしないのは悪ではなく、むしろ仲良くすることこそが友人や弟分を軽んじ、友情や信義を失うことになる。

「そして第三者が 加害者ティアの隠蔽と表面的な態度に騙されて、 加害者ティア被害者ルークを姉弟分や師弟とでも錯覚して」

表面的な態度さえ良く見せていれば、内面もそうだろうと思いがちだ。
しかし、人は自分に都合の悪いことを覆い隠すことも、その上っ面を一見良い態度で誤魔化すこともあり、 表面的な態度だけで内面や、他人との関係や経緯まで同じだと思ってしまえば、事実を誤認し、更に大きな間違いや被害を招いてしまうこともある。

加害者ティア被害者ルークへの 横暴な態度を姉や教師が弟や生徒を叱っていると、 被害者ルーク加害者ティアへの反発や嫌悪や鬱陶しさを、 弟が姉を、生徒が教師に反発や嫌悪や鬱陶しさを向けているとでも錯覚して」

気遣わないのは、礼儀を払わないのは、嫌ったり鬱陶しがる態度をとるのは、一見悪く映るかもしれない。
相手が姉や教師のような振舞いの美しい女なら一層悪く、そして女が哀れに映るかもしれない。
しかし、真実は被害者が加害者にという前提が付くならば、女が姉や教師ではなく加害者ならば、 被害者の態度はどれも悪ではなく、むしろ被害者を諌めることこそが悪に、被害者が加害者の横暴や無神経へ抵抗する手段を奪うことになる。

被害者ルーク加害者ティアへの態度を無神経やわがままと断じて責めたり、 被害者ルークの性格を傲慢や未熟な性格だと侮ったり」

人は行動を見て人格を推測する。
姉や教師のような態度で叱りつけてくる相手を遣わなければ無神経だ、傲慢だと、 反発すればわがままだ、未熟だと、侮ってしまうかもしれない。
しかし真実は、加害者なのに姉や教師のような態度で叱りつけてくる横暴で奇妙な相手に対して、という前提が付くならば、 気遣わないのも反発するのも、わがままでも無神経でもなく、傲慢や未熟な性格をしていることにはならない。

被害者ルーク加害者ティアと 仲良くするよう促したりするのを傍観するということでもあるんだよ?」

他人に仲良くするように言うのは、良いことだと思いがちだ。
しかし、真実は加害者と被害者という関係の二人になら、仲の悪い理由が理由が一方に偏っているのなら、 仲良くするように促すのも被害者に、一方的で不公平な忍耐を促すことになってしまう。

経緯、関係、立場、状況、そんな前提によって、言葉の意味は一変する。
くるりと裏返してしまったように、これが同じ言葉かと思うほどに違った意味を持つことも、 意図とは真逆な結果を引き起こすことも、善意で発した言葉が悪になってしまうことさえある。

が合流した時、ルークとティアの本当の関係も出会った経緯も知らない通行人は、 姉貴分が弟分を、教師が生徒を叱りつけているような態度をとるティアを見て、 ルークのわがままを諌めたり、礼儀や気遣いを促したり、鬱陶しがるのを咎めたりしていた。

“お姉さんのお荷物にならないように辛抱しろよ”

“そんな無神経な態度をとるんじゃないよ、女に優しくできない男は嫌われるよ”

“親しき仲にも礼儀ありだよ?一緒に旅をするほど仲が良いお友達でも無礼は良くないよ”

“いくら若くても、礼儀や気遣いも知らないなんて未熟が過ぎるよ? あの先生はあんなに面倒を見てくれているのに、不公平じゃないか”

“なんてわがままなガキだ!おいネーちゃん、もっときつく叱ってやんな!”
“いや尻でも引っ叩いてやりな!世話してくれる姉貴に礼儀を払えない糞餓鬼にはそれくらいの教育が必要だ!”

彼らに悪意はなかったとしても、真実の経緯、関係、立場、状況を前提にすれば、意図とは逆に冷たく酷な態度に一変する。
加害者ティアを庇い、甘やかし、持ち上げ、 被害者ルークを貶め、追い詰め、傷口に塩を塗り込み、 加害者を姉か教師のように扱えと、礼儀や優しさを持って接しろという酷い理不尽を強いる。
そんな被害者ルークに不公平で無神経な態度をとり、ルークへの被害を更に重ねていた。

「君の言っていることは、ルークをティアのスケープゴート身代わり山羊 にしようとしているのを傍観しろいうのと同じことだよ。 真実はティアとルークは加害者と被害者で、犯罪で出会い、何重にも危害を加えられ危険に晒され、それが原因で飛ばされた。 だからルークに嫌われても反発されても鬱陶しがられても本当はティアの自業自得。 なのに姉弟分や師弟のような関係だと、ルークが姉貴分や教師に悪意や反発を向けているわがままで無神経な弟分や生徒のように、 錯覚させるような振舞いをして、ルークへ呆れや責めや理不尽な要求を向けさせる。 本当ならティアが向けられるものを、ルークに身代りに背負せるかのようにね」

ルークがティアに気を遣わない。
犯罪の被害者が、加害者に気を遣わない。

そんなことまでも、姉弟分や師弟という錯覚の上では、弟や生徒が姉や教師に気を遣わないような錯覚を重ねてしまう。
そしてルークを、姉や教師に無神経な態度をとる愚かな弟や生徒という、蔑視を更に重ねてしまう。
そして加害者と第三者にそう言われ続ければ、何れはルークの内にすら、持つ必要もない劣等感を抱くようになり、 悪くないことを悪いと思うようになる恐れすらある。

加害者でありながら被害者に姉や教師が弟や生徒を叱りつけるような態度をとるというのは、 もはや失礼や無礼を通り越した、被害者への更なる攻撃に等しかった。

「拘束についてもそうだ。君は私が無辜で善良な女性を理不尽に拘束させたとでも思っているのかい? ティアが譜歌封じの轡をつけられたのは、譜歌を悪用して多くの人間に危害を加えたから、同じことをできないようにだよ。 譜銃を悪用して多くの人間に危害を加えたから譜銃を取り上げられるのと同じさ。 譜歌は一見すると武器という感じは薄いし、顔や声が美しければ譜歌を使う所は絵になるから分かり難いかもしれないけど、 眠りや痺れの譜歌や譜術というのは、転倒や危険物への追突などで被害者が死傷する恐れのあるれっきとした危険な武器なんだよ。 しかもあのナイトメアという譜歌には下級譜術に匹敵するほどの攻撃力があったようだから、ジェイドも使っているエナジープラストで攻撃したのと同じさ。 君も中庭でティアのナイトメアで攻撃されたとペールに聞いたから、廊下で攻撃された私やマキたちと同じく、その身で威力を感じただろう? というか君自身もティアの被害者のひとりなのに、どうして加害者にそうも好意的になれるのか相当疑問なんだけれどね?」

そう言われて、ガイは忘れてかけていた中庭で譜歌にかかった時の感覚に、眠気と痺れに加えて苦痛もあったのを思い出す。
表面的な言動に左右され易いガイは、譜歌の声の美しさや、次いで現れたティアの容姿の美しさ、魅力的な姿態に釘付けになり、 ティアの犯行を目の当たりにしていてすら、ティアを加害者や犯罪者としては見做さなかった。
ティアの犯行の被害も、危険性も、友人と呼ぶルークが受けたものですらも、深く考えることはしなかった。

目を潤ませて、美しい唇を轡で痛め、音律士だというのに譜歌も使えない状態にされて、声もたどたどしく話すのも苦労して、 細い手首を重い枷を嵌められて赤くしているティアの様子にも、 美しく魅力的な女性が酷い目に遭わされていると、そんなは酷い奴だと、 まるで演劇の不幸な美しい姫、姫を苦しめる悪い怪物、そして怪物を倒して姫を助ける立派な騎士のようなつもりにさえなっていた。

「拘束された?目は潤んでいた?辛い思い?音律士だというのに譜歌も使えない? それがなんだい、全てティアの自業自得だろう。 音律士だというのに、攻撃譜歌を危害を加えないと思うくらい譜歌の知識もないなら、 そもそも使う能力も心構えもないということだろう。 軍人なら使う武器の、音律士なら使う譜歌の、威力や特性を把握するのは常識なのに、 それもできていないということは、彼女の実力は一人前の軍人や音律士には程遠いということだよ。 一体どうやって音律士になれたのやら、それとも神託の盾騎士団では譜歌も知らずに音律士になれるのかな?」

危害を加えるつもりはない。

ティアからルークにそう話したと聞いた時も、ガイはただティアは優しいんだな、ルークもティアの優しさを分かってやれば良いのにと思っただけだった。
美しい上に優しいなんてティアはなんてできた女性なんだと、鼻の下を伸ばして容姿も性格も良い女性と仲良くなれたことを喜んでさえいた。

音律士が攻撃力と、眠りや痺れの危険な効果を持つ譜歌を使って、危害を加えるつもりはないと思っていることへの違和感もなく、 無知と無神経を浮き彫りにする言動に、反対の美化をして酔いしれていた。

「唇が轡で痛い?手首が枷で痛い?声もたどたどしく話すのも苦労する? それがなんだい。ルークや私たちだって下級譜術に匹敵する攻撃力の譜歌で痛かったし、無理矢理の強い眠気と麻痺で苦しかったよ。 ラムダスは頭や胸を打つような倒れ方をして、マキは運んでいた食器を倒れる時に落して危うく破片の上に倒れかけたんだよ? もう少し倒れる場所がずれていたら、破片の上に倒れ込んで轡や枷で痛いの辛いのどころではない目に遭っていただろう。 破片の上に顔から倒れていれば唇も顔も重症を負い、咽喉を切っていれば言語機能を傷付けていた恐れだってあったし、打ち所によっては死ぬ恐れだってあったんだ。 昏睡強盗にあった被害者がその眠気のために転倒して大怪我をしたとか、貧血で転倒した人が頭を強打して亡くなったとか、転倒による死傷の話を耳にしたことはないかい? 専門知識がなくたって想像できる事態だけれど、譜歌の効果や特性、危険性を知っていて当然の音律士や軍人なら、尚更に想像できるし、使う前から想像するべきことだよ。 ティアは危害を加えるつもりはなかったと笑って言ったそうだけれど、エナジープラストに匹敵する攻撃力に加えて、 転倒などで死傷する恐れのある眠りや痺れの譜歌を、何が起こるのか想像もせずに使うなんて、その時点で大問題なんだよ。 イオン様たちに聞いたところ、ティアは軍人といってもまだ新人で戦場に出た経験もない有力者の箱入り娘だそうだけれど、それにしたって平和呆けが過ぎるだろう? 軍人が武器を振るっても相手が危なくもならず被害も受けないと、 そして自分が被害者から悪意を受けないと思っていられるなんて、どれだけ自分に都合の良い“平和”を盲信しているのやら」

ティアは何かと戦いの厳しさを知らない、甘やかされたお坊ちゃんとルークやを馬鹿にしたが、 戦いに使う武器の威力も危険性も知らず、使った後の被害者の被害も想像せず、被害者の気持ちも推察しなかった。
戦いに関する知識も認識も悉く足りず、戦いで傷付けた人間にすら無頓着でいられるほど、甘やかされた環境に慣れきっていた。

祖父や兄がしてくれたように甘やかしてくれることを、他人に、 被害者ルーク にすら当然のように求め、今まで与えられてきた“平和”を盲信し、 気遣わない、詠唱中に護らない、安心して背中を預けられない、そんなことにすら無神経や未熟だと侮りを向けていた。

「他人を、それもヴァンだけを狙っていたというなら巻き込んだ第三者を、 非戦闘員や戦う力も身を守る力もろくにないかよわい女性に至るまでそんな目に遭わせ危険に晒して平気でいるし、 その後も平気で歌いながらスタスタと中庭に歩いて行って、更に中庭で新たな被害者を出していたような人間が、 そのために受けた拘束で痛いの苦労するのにどう同情しろっていうんだい。 しかも飛ばされた後ですら、その晩のうちからもう、 ルークが警戒すれば笑いながら危害を加えるつもりはないと、 ルークが盗賊に間違えられて一緒にするなと怒れば盗賊が怒るかもと、放言を繰り返しているのにだよ? 全く、既に危害を加えた、盗賊にも劣るような犯罪者は自分の方という自覚なんて彼方に放り投げているらしいねぇ。 僕がエンゲーブで合流した後も、ルークがイオン様を人が良いと褒めればルークとは正反対だと詰ってくるし、 それにルークが感じが悪いと怒ればそのままそっくり返すと、更に詰りを繰り返していたよ。 被害者ルーク加害者ティアに感じが悪いのと、加害者ティア被害者ルークに感じが悪いのとを同列にできるはずがないのに、 一体どれだけ思い上がり、ルークへ加えた危害や犯罪に無頓着に、ルークに無神経でいるんだろうねぇ」

ルークと一緒にすれば盗賊が怒るかも知れない、ルークは人が悪い、ルークは感じが悪い・・・・・・。
それもガイがティアの相談にのった時に、ティアのルークへの愚痴で何度も聞いていたけれど、 ガイはただルークは仕方のない奴だな、俺が甘やかしちまったこんな馬鹿に育っちまった、 これからもう少し厳しく躾けて矯正してやらないとな、とティアの侮蔑に同意して、 そんなルークと旅を続けていたティアに同情と称賛を更に深めるようになっただけだった。

美しくて優しい上に、忍耐強くて面倒見が良いなんて、ティアはなんてできた女性なんだと、 鼻の下を伸ばして容姿も性格も良い女性と仲良くなれたことを更に喜んでさえいた。

盗賊のような犯罪のその晩のうちから、加害者が被害者を一緒にすれば盗賊が怒るかも知れないと面罵し、 被害者の人格を貶める言葉を執拗なほどに第三者の前でも繰り返していることへの違和感もなく、 無恥と無自覚を浮き彫りにする言動に、反対の美化をして酔いしれていた。

まるで何時か聞いた昔話にでてくる人を食らって美しさを保つ魔女のようにおぞましい美しさだと、 その魔女が真実の姿を映す鏡を向けられれば本来の醜悪な姿を晒していたように、 真実を前提にして考えれば容易く剥がれる上辺だけの欺瞞の美しさにすぎないと、気付くことなく。

「ウォーレンがルークに張り付いて、ティアと二人きりにさせないのも、 加害者ティア被害者ルークを二人きりにさせないようにしているんだよ。 加害者ティアと二人きりの状況で高圧的に振舞われたり、盗賊にも劣るとか人が悪いとか暴言を吐かれたり、 詠唱中に護れとか理不尽を強いられたりを繰り返されれば、しかもそれを責めたり邪魔をしてルークを庇う人間もいなかったら、 傷付くのに加えて精神的に混乱して、ルーク自身も加害者ティアの振舞いに影響されて、 加害者ティアが悪いことも、 被害者自分が悪くないことも、 加害者ティアが姉貴分や教師のような態度をとるのが可笑しいことも分からなくなってしまうかもしれない。 ウォーレンもゲオルク騎士団の団員だし、私もカールと親しいから加害者と共に過ごすなんて異常な状況に置かれた人間の精神状態について多少聞き知っているけれど、 そういう状態では被害者が複数いて二人きりではない状況であっても精神の混乱は深刻で、加害者に好意や依存を抱くことすら起こることがあるそうだよ。 加害者ティア被害者ルークへの横暴を直ぐに責めるのも、 姉貴分や教師ではなく加害者だと明確にするのも、二人きりさせないのも、 そうした混乱を防ぐため、 加害者ティアが加えてくる 更なる危害や危険から被害者ルークを護るためでもあるんだよ。 ましてそれも既に何重にも危害を加えられたり危険に晒された後で、加害者に反省も見えないのでは、 加害者ティア被害者ルークに近付けばすぐ人を呼ぶのも逃げるくらい警戒されるのも当然だろう? ティアは精神的な攻撃も、肉体的な攻撃も、既に何重にもルークに加えているし、これからもするかもしれないと疑われる危険人物なんだからね」

ウォーレンが、またの友人のカールが所属するゲオルク騎士団が、 犯罪などで浚われたり囚われの身になった人々の救助や、病院での看護や治療を行っていることを思い出したガイは、 犯罪の加害者と旅をする破目になり、とウォーレンが合流するまでは二人きりだったルークの状況は、 そうした被害者に近く、ルークの方が護られたり気遣われる立場にいたということに愕然とする。

ガイは、ウォーレンがルークに付きっきりでティアを警戒することを、ルークへの甘やかしやティアの邪魔としか見ていなかった。
むしろウォーレンも男なら哀れな女を助けてやるくらいできなくてどうするんだと、 ティアではなくルークばかりを守っていることに腹を立て、見下していた。

気遣われるべきティア、助けられるべきはティア、哀れなのも辛いのも泣きたいのもティア・・・・・・。

ティアを優先し、他人にもそうあるべきと求め、できないことは傲慢や未熟だと貶め、 何故他人がそうしないのかを深く考えることはしなかった。

「君は自分では優しいことを言っているつもりなのかもしれないけれどね、そんなのは全然優しくないよ。 強いて優しいというなら、それはティアに対してだけだ。まあ優しいというより過度の甘やかしだけれどね。 そしてティアを庇うために、ティアが負うべきものをルークに背負わせようとしている。 どちらにしても、ルークに対しては冷酷だ。君も、ティアもね」

美しく哀れな女性のティア、そんなティアに肩入れするのは優しく思い遣り深いフェミニストの自分。
そんな不幸な姫を助ける立派な騎士のような気分に罅を容れられ、 魔女を姫だと勘違いして姦計に嵌った間抜けな騎士のような気分に落とされかけたガイは、苛立ちをぶつけるように側の樹の幹に爪を立てて唇を噛んだ。
それでもなんとかティアを、というよりはティアを美化してきた自分を引き上げようとするように、 ティアの美点だとガイが思っているものを更に美化し、にも、ルークにもそれを受け入れさせようとする。

「しかしティアは轡で上手く話せない今ですら、ルークにお説教しようとしているんだぞ。 そりゃティアにも色々とあったけど、それでもルークのために苦労して言葉を絞り出してお説教してくれようとしているのに、 その好意と努力まで邪魔しなくても良いじゃないか。 二人きりにしろとまでは、言わないけど・・・・・・お前とウォーレンも一緒にいて良いから、 お説教くらいはさせてやって、ルークにもそれくらいは言うことを聞かせてやっても構わないだろう? ルークがお説教を聞くようになれば、ティアだってルークにツンツンせずに、優しくなるかもしれないし・・・・・・」

「構うに決まっているだろう。 君は轡をつけられてもルークに説教するのが好意だとかルークのために苦労していると好意的にとっているようだけれどね? 犯罪の後のその晩のうちからもう数え切れないほどの暴言やら要求やらを繰り返している執拗さ、 説教の内容の見当違いや矛盾や前提無視、上司で最高指導者のイオン様にすら犯罪やルークとの本当の関係を隠している無責任さやずるさを考えれば、 ルークのためでもお説教でもなく、自分を姉貴分や教師のように、ルークを叱られるわがままな弟分や生徒のように見せかける手段だから、 時も場所も場合も轡もや言い難さも構わないほど必死に執拗に繰り返そうとしているように思えてくるよ。 攻撃や支配や操作の下準備として相手に劣等感を持たせたり、周りの人間の蔑視を仕向けたりするのは良くある手口だよ。 自分を教師や親や兄姉、相手を生徒や子供や弟妹といった上下関係があるように見せかけるのもね。 自己の保身や逃避や責任転嫁のためだったら、そりゃ労苦も厭わず必死にもなるだろうねぇ」

姉のような、教師のようなティア。
弟のような、生徒のようなルーク。

加害者のティア、被害者のルーク。

ガイが抱いている二人の立場や関係は、ただティアの表面的な言動と雰囲気のせいで錯覚しているものにすぎない。
まして実際の二人の立場や関係は、他人や初対面のみならず、加害者のティアと被害者のルークという相反するものでありながら、 犯罪の直後からもう執拗なほどに繰り返しているというのは、裏に作意があったと疑うに充分な不審だった。

「そもそも、君はルークの態度や性格がティアを苛立たせるからティアの態度も悪化したとか、 ルークがティアへの態度を改めることが和解への道だとでも考えているようだけれどね、私にはその発端からして逆に思えるよ。 ティアは悪い態度をとるために、ルークの態度や性格がティアを苛立たせているという理由を、 姉や教師のようなティアと弟や生徒のようなルークという関係を、 面倒見てくれる姉や教育してくれる先生に逆らうわがままで礼儀知らずの弟や生徒というルークの落ち度や欠点を、 現実や前提を無視してでも、雰囲気と錯覚だけの偽装でも、実際はルークが悪くなくても構わず、強引に執拗に作り続けている、とね。 現にティアは、一見しただけの表面的な態度ではなく良く見れば、イオン様への態度だって酷いものさ。 上司で最高指導者のイオン様には、部下であるティアの犯罪の謝罪や、教団の関与否定を迅速に行う必要があるのに、 そうしないとイオン様がキムラスカに向かう目的の障害にもなるのに、 素知らぬ顔で犯罪を隠蔽して、さも和平の使者一行のひとりですと言わんばかりに同行しようとしていたんだよ? 君も、イオン様は出会った当初はティアに好意的だったと言っただろう? けれどティアは出会った当初から、ずっと犯罪の隠蔽を続けていた。 好意的に接してくる上司にすら態度が悪い、迷惑をかけようと危険に晒そうと頓着しないのがティアの本性で、 別にルークに対してだけのものではないということだよ。 真実の立場や関係を前提にすれば、ルークはティアに態度が悪かろうと逆らおうと鬱陶しがろうと、別に責められる謂れはないのだけれど、 ティアの態度の悪さの原因が他人ではなく、犯罪や責任からの逃避や、他人への無神経さといったティア自身の内面にあるのならば、 結局はルークがどれだけ態度を良くしようと、他人の性格や行動がどうだろうと、変わらないし、終わらないよ。 変わるとしても、精々がイオン様への態度のように、表面だけなら変わったように見えても、 良く見れば態度も悪く迷惑にも危険にも頓着していない、といった程度の変化だろうね」

ルークにティアへの反発を諌め好意を持たせるのを、弟分のわがままを叱ってやる兄貴分のような気分でいたガイは、 譲歩したつもりの和解案をあっさりと無意味だと撥ねつけられて、兄貴分の気分まで水を差されたのに舌打ちを漏らして、 爪の間に樹の棘が入るのも構わず、幹に立てた爪に更に力を込めた。
それでも、ルークやたちが駄目なら他の誰かをとばかりに、今度はジェイドたちを持ちだして、尚もティアを、そして自分を引き上げようとする。

「でもお前やウォーレンだけじゃなく、イオンや、アニスや、ジェイドまでが、ティアに冷たくなっているじゃないか! 出会った時はみんなティアに好意的だったそうなのに、お前が責めるから変わってしまったと、ティアは酷く嘆いてたんだぞ? ルークから引き離したりウォーレンに邪魔させたりするだけじゃなく、どうしてジェイドたちにまで冷たくさせようとするんだ。 これじゃティアは、この一行の中に俺しか味方がいなくて、殆ど孤立状態になっているじゃないか・・・・・・ ティアが犯罪を起こしたり危害を加えたとしても、それはルークと俺たちに対してだけで、 イオンや、アニスや、ジェイドまで冷たくなるなんておかしいだろう?」

まるで三人の態度の悪化までの責任転嫁して詰るガイに、 は本当に君たちは責任転嫁が好きらしいね、と嘲るように小さく笑いを漏らした。

「別におかしくないね。 出会った時はみんなティアに好意的だったのは、ティアが犯罪者だとも、任務中に軍服で犯罪を起こしたとも知らなかったからだろう。 別に私が三人にティアを嫌ったり冷たくするよう言ったわけではなく、真相を知った彼らが自分自身で決めたことだよ。 それにティアがキムラスカのファブレ公爵家を襲撃し、ルークにも危害を加えていることはイオン様やジェイドがキムラスカへ向かう目的とも関係がある」

「関係?ジェイドたちがキムラスカに向かうのは和平とアクゼリュス救援のためだろう? 神託の盾騎士団のティアとは関係のない話じゃないか」

ティアの神託の盾騎士団所属の軍人という立場を軽く考えて、 その立場とティアが起こした犯罪や問題を合わせて考えることがなかったガイには、 ローレライ教団導師のイオンが冷遇することにも、上司なのにティアを冷遇するなんて酷い、 上司から冷たくされるなんてティアが哀れだという非難と同情ばかりを抱いていて、 導師だからこそティアを冷遇するとは考えず、イオンの、他人の目線になって考えるなんてしようともしなかった。

「大いに関係があるよ。 ティアはイオン様にも態度が悪い、上司だからティアの犯罪のせいでしなければならないことも障害も幾つもあると言っただろう? ファブレ公爵家は国王陛下の妹君が降嫁した家で、当時はシュザンヌ様も屋敷におられたし、 ルークは公爵子息で、第三王位継承者で、国王陛下にとっては甥で、娘のナタリア殿下の婚約者で、キムラスカの実質的な次期国王なんだよ。 これからキムラスカに和平と、アクゼリュス救援の要請に行くジェイドとイオン様が、 そのルークに何重にも危害を加え危険に晒し、更に現在も繰り返しているような人間をそのままに、 まるで和平の使者一行のひとりですと言わんばかりに連れていったら、国王陛下や重臣や議員の方々はどう感じると思うんだい? ルークが襲撃犯を気遣えとか仲良くして下さいとか、和平の使者や仲介役の導師に言われでもして、国王陛下や重臣や議員の方々の耳に入ったら? 王妹の嫁ぎ先の屋敷を襲撃して、甥で娘の婚約者や次期国王に危害を加えた人間にはもちろん、 それを一員のように連れて放置したり、被害者の王族に気遣いや仲良しこよしを要求する和平の使者一行にも反発するし、そもそも和平と救援の真意自体を疑われるよ。 イオン様に至っては、迅速にティアの捕縛、引き渡し、ダアトの関与の否定や謝罪を行わないと、 ティア個人の犯罪ではなく任務、ダアトがキムラスカの王妹が降嫁した公爵家を襲撃、公爵子息で国王の親戚で実質次期国王への危害に関与していると疑われかねない」

ティアはイオンには、表面的には敬意を払っているような態度をとってはいる。
しかしイオンの目的の障害になり、イオンが謝罪や釈明を行う必要がある自分の犯行を隠蔽し、 知らずにルークを傷付けてしまいかねない錯覚を抱くような言動をとるという数多の問題点を考えると、到底額面通りには受け取れなかった。
の目にはティアはイオンも、イオンの目的も立場も他人から向けられる疑惑や侮りも、どうでも良いと思っているように映り、 敬意以前にイオンが自分の上司だということを真剣に考えたこともないのではないかと思っていた。

「ただでさえキムラスカとマルクトは積年の敵国、アクゼリュス救援にはキムラスカ側の街道を、 つまりはキムラスカの領内をマルクトの軍人や救援部隊に通過させることになる。 タルタロスに乗せていた救助の人員や物資の多く失った今では、 キムラスカからそれを補填しないといけなくなる可能性もある。 キムラスカの信を得るために、不審を受けないために、 ジェイドとイオン様の振舞いには、特にルークへの扱いには細心の注意が必要な状況にあるんだよ。 仮に二人がティアに好意を持ち続けていたとしても、和平と救援要請のためにはティアを放置するなんて、 ましてルークへの危害や危険を見過ごすことなど到底できない。 ジェイドは皇帝名代の和平の使者、イオン様はその仲介の導師、二人とも公の立場で行動している身なんだよ? 君はティアひとりを庇うために、それも理不尽な被害でもなんでもないただの犯罪と横暴の自業自得から逃避させるために、 キムラスカとマルクトの和平、障気に包まれて助けを待つアクゼリュスの人々の命まで犠牲にするつもりかい? 君は自分では人を気遣える好青年のつもりなのかもしれないけれどね、そんなのは気遣いではないよ。 強いて気遣っているというなら、それはティアに対してだけだ。 まあ気遣っているというより盲目的だけれどね。 そしてティアを庇うために、ティアが負うべきものから逃避させるために、多くの人を苦境に追い込もうとしている。 どちらにしても、ジェイドやイオン様や、和平や救援を必要としている人々に対しては無神経だ。君も、ティアもね」

ティアが他人からどう思われ、ジェイドたちがティアを庇えばどうなるのかを、色んな人間の視点や立場を交えて語られても、 真実を前提にすればティアがどれほど醜悪なのかを暴かれても、それでもガイは受け入れられなかった。
ティアへの好意のためというよりは、やジェイドたちとティアが和解して友好的になるよう取り持つのは人が良く爽やかな好青年という自惚れた見方までが、 修復しようがないほどにぼろぼろに破られれば、自惚れていた見方が全滅してしまうのに耐えられなかった。
でもティアにだって事情が、ティアにも良い所はと言いかけては、 その先を思い付かないのか、真実を前提にすれば覆るようなものだと言う前に気付いたのか、 言葉に詰まって舌打ちや樹の幹への八つ当たりをしてはまた口を開くのを、ガイは何度も繰り返した。

はその足掻きが十回を数えたところで、鬱陶しい犬を追い払うような仕草で手を振りながら、 ティアがいるだろう野営地の方に視線を移して溜息を吐いた。

「自覚がないんだろうけれどね、それはある意味でティアを貶めることでもあるよ。 ──まあティアは、自分でルークの姉か教師のような態度をとり、ジェイドやイオン様たちに自分の犯罪もルークとの本当の関係も隠蔽して、 自分で自分を貶めているんだから既に地に落ちているけれど、君はそれに更に貶めを幾重にも重ねている。 これが本当に事故もいえる事情があったなら、例えばティアには屋敷に侵入するつもりも、屋敷の人々やルークに危害を加えるつもりもなく、 門の近くにいた所を第三者に押されたか何かで無理矢理に門内に侵入させられて、 それでたまたま門の近くにいたルークと身体がぶつかってしまった、とでもいうのならまだしもね、 屋敷への侵入も、譜歌の使用も、それを屋敷の人々やルークに狙い定めて攻撃したのも、全てティアが自分で、 はっきり意図をもっての行動で、危害も危険性も軍人や音律士なら想像できるし、 仮に知識が壊滅的なまでに欠けているとしても、考えれば分かることだったんだよ。 疑似超振動もファブレ邸でファブレ家の客人の暗殺を謀ってファブレ邸の住人に止められたのが原因なんだからティアの行動に端を発しているけれど、 まあ譲りに譲って疑似超振動が起きてタタル渓谷へ飛ばされたのは事故だと除外したとしてもね、 超振動が起きる前にもう侵入、警備の無力化、譜歌での住人へのルークへの危害と、何重にもティアは加害者でルークは被害者になっているんだよ。 ある意味では君はティアを、ティアは自分自身を、自分の意思でやった、危害や危険を想像できることにすら責任をとれない、 とる心構えすらない、反省も改心もできない人間だと見做しているようなものだよ。 ティアひとりでも問題なのに、君はティアを甘やかすことで、更は貶めを幾重にも重ねている。 そのうちティアが排泄した後に代わりに尻を拭いてやれとか 襁褓むつきを替えてやれとか言いだすのではなかろうねぇ?」

「そこまで言ってないだろう!俺は、俺はただ・・・・・・ ティアも若いし、女性だし、厳しくするのも気が引けて、同情が沸いてきただけで・・・・・・」

「どうだか。若いと言っても軍人で音律士の、意図が明確で結果の推測が可能だった犯罪や危害にすら叱るどころか、 再会した端から女性恐怖症の怯え以外は警戒もなく好意的に接して、 被害者をスケープゴート身代わり山羊にして逃避するような行動まで止めも咎めもしないなんて、 フェミニストや子供扱いどころか、幼児か赤ん坊扱いの域に達するほどの甘やかしっぷりに思えるよ。 まあ君はティアから危害を加えられても盲目的な信者の如く、 ティアを甘やかして好意を寄せて同情して尽くして尻拭いも苦にならないのかもしれないけれど、他人にまで押し付けるのは止めるんだね。 ・・・・・・もっとも、今までそうしてきた時点で、信頼の喪失には充分なんだけれどね」

「・・・・・・?どういうことだ?」

ティアがルークや、たちやジェイドたちから信頼を喪失していることは考え始めていても、 自分の中の自惚れを傷付けられることに不快を感じてはいても、 それでもガイは、自分が他人からの信頼を喪失するとは考えの端にも浮かばなかったなかった。
まして、ルークからの信頼を喪失するなんて。

ルークの親友、兄貴分、育ての親という関係は変わらないと、自分の立場は何があっても揺らがないと疑わなかった。
──軍人が武器を振るっても相手が危なくもなく被害も受けないと思っていられるほどに、自分に都合の良い“平和”を盲信していたティアのように。

「自覚がなかったのかい? 他人の気持ちを想像したことがなかったのかい? 君が今までティアと仲良くして、ルークや私たちにもそうさせようとしていた光景がルークの目にどう映るのか。 ──私やルークには他人の気持ちを考えろ、気遣えと言っていたのにね。 君は自分がしていることが、そして私たちにも同じようにしろと矯正するのが良いことだとでも思っていたようだけれどね、 ティアのルークへの態度を責めず、お説教の邪魔もせず、姉や教師が弟や生徒を叱り付けるように振舞うのを放置して、 ジェイドたちがそう錯覚するのもルークを責めたり理不尽を強いるようになるのも気にせずに、 ティアと仲良くみ〜んな仲良しこよしするということはね、 加害者ティアが自覚も反省もなく、 逆に被害者ルークを傷付け貶め理不尽を強いて スケープゴート身代わり山羊にするのを、 またジェイドやイオン様たちが加害者ティアの態度に騙されて錯覚して、 更に被害者ルークを追い詰めるのを傍観する、 友人や兄貴分でありながらルークを見捨てるということなんだよ。 親友や弟分の犠牲の上に築かれた和解や友誼なんて、私は絶対に御免だね」

──加害者ティア被害者ルークへの横暴を責めず、弟や生徒を叱りつける姉か教師と勘違いさせるようとするかのようなお説教の邪魔もせず、 加害者ティアと仲良くしていても、被害者ルークからの信頼を失うこともなど考えもせず、 ルークの兄貴分、親友、育ての親という関係は何があっても変わらないと疑わず、自分に都合の良い“平和”を盲信していた。

平和呆けを覚まされて、友人や弟分から悪意や幻滅を受けるに足る行動をとってきたとようやく自覚して、 幻想と現実の落差に揺れるようにガイの足は大きく震え出し、崩れ落ちるように地面に膝を落として座り込む。

それを冷たく見据えていたは、後ろから名を呼ぶ声に踵を返すと、声の主のもとへ歩いて行った。
その先にはウォーレンに付き添われたルークがいて、今までの会話が全て聞かれたことに気付いたガイは、 ヒッとしゃっくりのような声を漏らし、足だけではなく身体や咽喉まで震え始める。

「ティアを責めず、お説教の邪魔もせず、ルークへの振舞いを放置して、み〜んな仲良くなるのは良いことではないよ。 ティアにとってだけ都合が良く、ルークにもジェイドたちにも悪いことだらけ被害だらけ、 臭いものに蓋をして表面を取り繕っただけで、中身は改善するどころか腐らせて悪臭を増して、開けた時の被害を増幅させるのがオチだよ。 ルークをスケープゴート身代わり山羊にしたり、なるのを見捨てて上辺だけで和解したって、 ティアの犯罪や危害や横暴、無知や傲慢、無神経や無責任をといった根本的な原因は何も解決も改善もしていないんだからね」

「していない以上は今後も、例えばタタル渓谷にいた頃を思い返しでもした時に、 当時のルーク様の態度を加害者と被害者ではなく、姉や教師と弟分や生徒のように捻じ曲げた上で思い返して、 再びルーク様を責める、理不尽を強いる、そして他人にもルーク様にも、ルーク様がわがままや未熟だったと錯覚させるというように、 何度でも何カ月何年先にでも被害が続く可能性が高いかと。 そのような欺瞞で危険性の高い和解なぞ、せぬ方が余程にましでございましょう」

幻滅を浮かべた眼差しでガイを睨むルークの目元に浮かんでいた涙を、優しい手付きで拭っていたは、ウォーレンが続けた言葉に頷きを返し、次いで首だけで振り返って皮肉げにガイを見ながら、 「まあ、あからさまなものしか見えなければ、何が起こるのか考えようともしなければ、 その悪臭が芳香に感じたり、みんな仲良くなってめでたしめでたしと満足していられるのかもしれないけれどねぇ」と言うと、ルーク以上の強さでガイを睨み付けた。

「私はルークの友人であり、またこれからもルークと仲良くしていきたいと思っている以上、 そんな愚かしくルークに冷酷な和解の仕方なんてありえないけれどね。 君はルークの友人を名乗りながら、そうしてきたし、あまつさえ他人にも、ルークにまでそうさせようとしてきた。 ルークから取り戻せなくなるほどに信頼を失うのは当たり前、幻滅されるのも悪意を向けられるのも自業自得というものだろう?」

「ル・・・ル、ーク・・・・・・」

寝惚けた人間が夢の名残に縋ろうとするかのようにルークに手を伸ばしても、 地に着いた足は凍りついたように動かず、絞り出した声に力は籠らず、伸ばした手はルークに遠いままだった。

ルークはガイに答えることも、歩み寄って手を取ることも、地に足を落としたままのガイを助け起こすこともせず、 とウォーレンを促す様に二人の手をとって踵を返し、ガイの方を振り返ろうともせず、二人と共に去って行った。


ガイは三人が立ち去った後も、しばらく呆然として座り込んだままでいたが、 ふと遠くから三人とティアの声が届くのに気付いて立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで野営地の方に歩いて行った。

三人と顔を合わせるのが、ルークにまたあの目で睨まれるのが嫌で、姿を現さず木陰からそっと覗き見ると、 この旅の間にすっかり見慣れた光景があった。

姉や教師がわがままな弟や生徒を叱るような口調で、ルークを貶める暴言や理不尽な要求、見当違いなお説教をしてくるティアを、 が責め、お説教を妨害をし、ウォーレンはティアから引き離すようにルークを連れて距離をとる。

ティアが表れた時には顔を強張らせたルークは、二人の対応にほっとしたように緊張を解き、ウォーレンに身を寄せていた。
そして話し終えたを笑顔で迎えてまた手を取ると、恨みがましそうに睨んでいるティアを無視し、 まるで三人兄弟のように仲良さげな様子で笑い合っていた。

自分もルークの友人や兄貴分を称していたのに、もうあの光景には入れない。
7年間も共に過ごしてきた時間があるのに、よりも、出会ったばかりのウォーレンよりもルークを護らず、気遣わず、 ルークをより苦境に落とそうとすらしていた自分は、あの暖かな陽だまりの中には受け入れられない。
帰還して話を聞いたナタリアも、マキたち仲の良かったメイドたちも、同じようにガイに幻滅し、信頼や友情を失うかもしれない。

自分の言葉の先を考え、言動の結果を想像し、 今までの自分がルークの苦境を傍観し、ルークを見捨て、他人にもそうさせようとするのと同義な言動してきたと自覚した上で、 認識した世界は、想定する未来はあまりに暗く、考えただけでガイを打ちのめしていった。

再び地面に膝を落として、座り込んで子供がするように膝を抱え、目が潤んでしゃくり上げるような声が出てきても、 野営地には、ルークたちがいる所には戻れず、ましてティアに慰めを求める気にもなれず、ガイはひとりで座り込み続けていた。

まるで地面よりも深く、この夜の闇よりも暗い穴の底にいるかのような心地の中で、気遣ってくれる友も頼れる仲間もなく孤独に嘆き続けることが、 友人ルークスケープゴート身代わり山羊にした上の 加害者ティアに都合の良い和解や友誼を求めた先にあった、自業自得の結果だった。











カールとゲオルク騎士団は、過去作「姫の皮を被った魔女と王子の物語」に出したオリキャラのルーク友人夢主とオリ設定です。
グリフィンはゲームに登場するでっかい鷹系っぽい魔物(伝説では鷹や鷲の上半身、ライオンの下半身)で、 アニメでは体格が大きく重そうな鎧を着けて大鎌を持ったラルゴを乗せてタルタロスまで空路で運んでいました。

ブログの方の鷹匠夢主ネタでは神託の盾騎士団の鷹匠の団員を出しましたが、こちらではゲオルク騎士団の団員として、 鷹系の魔物グリフィンを操るグリフィンナイトっぽい鷹匠として出してみました。
あちらの鷹匠夢主ネタにも書きましたが、鷹狩りを好んだヨーロッパの王侯貴族には鷹の需要が高かったので、 国王や騎士団は鷹匠を抱えたり、鷹を贈ることがあり、ドイツ騎士団(チュートン騎士団)は領内に鷹匠学校まで建てるほどでした。

鷹系の魔物はアリエッタのように魔物と会話できる能力を身につけるとかしないと使いこなすのは難しそうですが、 もし訓練や幼い頃から共に過ごすといった環境を作ることで可能になるとすれば、 某SLGに出てきたペガサスナイトのように、鷹系の魔物に乗って移動する戦士などもいそうですね。





                        
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