ティアは冷たそうに見えるけど、優しい。
それが分からないルークは、ティアのことはちゃんと見えてない。
そんなルークはアホだ。あからさまな優しさしか分からないのはただのガキだ。

そうティアを持ちあげてルークを貶めるガイに、ガイと同じルークの兄貴分兼親友のが向けたのは、嘲るような哀れむような響きの笑いと、否定だった。

「本気で言っているのなら、君は救いようがなくアホでガキで、──そして哀れだね」







あからさまなものしか見えないことが愚かならば







はルークの遠縁にあたるキムラスカの貴族伯爵家の息子で、7年前にルークの遊び相手を兼ねてファブレ公爵家に引き取られたためガイとも7年前からの知り合いだったが、 屋敷にいた頃からガイとは考えが正反対で、共にルークの兄貴分兼親友ではあっても、ガイととは到底友人とは言えないような仲だった。

ガイがルークの部屋に窓から忍び込めば、「君の身分は使用人で、此処はルークの部屋のはずだけれど、何時から盗賊になったのかな?」と、 ガイが中庭でベンチに座り、ルークの稽古を眺めていれば、「君の身分は使用人で、今は仕事中のはずだけれど、何時から悠々と座って見学できるような身分になったんだい?」と、 ガイの行動に、特にルークの関係するものに何かと文句をつけ、ガイへの呆れを隠そうともしない態度をとってきた。
それは剣に優れたが屋敷から飛ばされたルーク捜索に志願し、ガイと共に旅をするようになってからも変わらず、むしろ悪化の一途を辿っていた。

この旅でも、外郭大地降下後に異母兄の死で実家の爵位を継いだらしいは、更に傲慢と無神経さを増したようにガイの眼には映り、矯正してやろうというガイの思いやりは何時も鼻で笑われて終わっていた。

それは仲間に対しても同じで、特にティアに対して、特にルークに関係するものに何かと文句をつけ、 中でもティアの恋への応援については嘲りを隠そうともせずに、いつもルークにそれを気付かせ二人を取り持とうとするガイたちの努力の邪魔をして、 ティアの気持ちが恋だということにすら否定的だった。

今まではお高くとまったわがまま貴族の坊ちゃん、世間を知らない子供の言うことと苛立ちながらも笑って流していたが、 ティアの生まれて初めての恋心や、それを仲間として取り持ってやろうという自分の気遣いまでを嘲ることは流せなくなったガイは、 苛立つのを我慢しての部屋に行き、とくとくとティアについて、ルークとティアの関係について語って聞かせた。


ティアは冷たそうに見えるけど、優しい。
それが分からないルークは、ティアのことはちゃんと見えてない。
そんなルークはアホだ。あからさまな優しさしか分からないのはただのガキだ。


そうティアを持ちあげてルークを貶めるガイに、 が返したのはまたも嘲るような、そして哀れむような響きの笑いと、否定だった。

「本気で言っているのなら、君は救いようがなくアホでガキで、──そして哀れだね」







「何かおかしいんだ、!」

ガイが怒鳴っても睨んでも、は臆することも笑いを収めることもなく、未だくっくっと小さく笑いながら侮蔑と哀れみを混ぜた視線で更に強くガイを睨み返す。

「何かおかしいのかって? その言葉は君自身に、何重にも何倍にもなって跳ね返ることに気が付いていないのがだよ。 本気で言っているのなら、君は救いようがなくアホでガキで、──そして哀れだね」

の髪と同色の漆黒の眼は、ルークに向ける時の弟を見るような暖かい眼差しとは別人のように冷え切って、 屋敷のメイドや街の女たちに騒がれていた甘い容姿も、裏街のごろつきも怯むような険しい雰囲気を放っていた。
殴りかかりかけたガイはそれにたじろぎ、居心地の悪い気分で目を逸らし、僅かに後ずさって距離をとってしまう。
まるで逃げているような仕草に屈辱を感じはしたが、冷え冷えとした今のの側にいると、心の中の何かが冷やされて暖かさを喪ってしまうな、嫌な予感に無意識に体が動くのを抑えられなかった。

「何時になったら成長するのかと思っていたけれど、君は何時までたっても気付きもしないね。 何時までも幻想の中にいて、彼女にも自分自身にも幻滅することがないままだ」

「だから何を気付いてないって言うんだ!はっきり言えよ!!」

はガイの詰問に、「ルークには理由を聞いても教えなかったのにねぇ」と、溜息を吐き、呆れたような眼差しを向けたまま話し始める。

「ティアのことをちゃんと見ていないのは、君だろう。 君の家に長く仕えてきた騎士で、また本当は主家のフェンデ家の娘や、ユリアの子孫だからかなんなのか知らないが、 君は彼女の上辺だけの長所や美点しか見ずに、欠点や汚点、冷酷さからは目を逸らしている。出会った頃からずっとね。 いや、ありもしない長所や美点といった方が正確かな? まるで女優の芝居の中での役と現実の女優自身を混同したり、トイレにいかないと盲信するファンのように、 君が言うティアには現実味や根拠といったものがないんだよ。逆の証明なら数え切れないほどあるのにね。 ティア自身がそう思い込んで自惚れているふしがあるから、騙されているとも言えるのかな。 傍から見ていると、君たちは互いに人形遊びでもしている幼子のようだよ。 ああ、こんなことを言うと幼子に失礼になってしまうな」

の口調も眼差しも、まるでわがまま放題の子供の振舞いに大人が眉を顰めるような呆れが滲んでいて、 年下のに、それも自分がずっと世間知らずのわがままな子供だと思っていた相手にそう見られることと、 その理由が何ひとつ自分には分からないことに二重に不快になったガイは、怒鳴るようにティアへの信頼、 から見た愚かな盲信を幾つも怒鳴るように強弁する。 

「俺がティアの何を見ていないって言うんだ! 俺はルークとは違って、ティアが一見冷たく見えるけど本当は芯が強く優しいことをちゃんと見てるぞ。 出会った頃だって、横柄で無神経なルークに呆れて苛々しながらも戦うことの厳しさを教えてやって、母親や姉みたいに優しかったじゃないか!」

「ほら、それがティアを見てないんだよ。 そして、同時にティアの欠点や汚点、冷酷さの証明だね」

「冷酷とか言うんじゃない!ティアは冷たそうに見えるだけで本当は優しいって言っただろう!」

「ティアは冷酷だよ。出会った頃からね。彼女は最初から冷たかった」

「最初?ティアは最初からルークの保護者だったのに、どうして分かってやらないんだ! お前だって優しくて責任感の強いティアを見てきたはずなのに、どうしてそうティアのことがちゃんと見えないんだ!!」

「・・・・・・“出会った頃のティア”やティアの行動への認識が、私と君では随分と懸け離れているようだねぇ」

噛みあわない会話と、今度は無知で何も分かっていない子供に大人が眉を顰めるような呆れが滲んだ口調も眼差しとに、ガイは益々苛々とする。

自分はルークと最も親しく、最もルークを理解しているとガイは思っていた。
ルークが屋敷に戻された頃から7年間ルークの側にいて、ルークを育て、ルークを一番良く知っている兄貴分の親友として。
よりにもよっての口から、自分がルークに関することを分かっていないかのように言われることは、 その自負と、同じ“ルークの兄貴分の親友”に感じていたライバル意識を傷付けられるような感じがして、胸に黒々としたものを止め処なく湧きあがらせていった。

「出会った頃のルークは無神経だった、そんなことをティアも言ってたね。 でも彼女や君がそうする時、何時もルークがティアから受けた被害、ルークの心というものが欠けているんだよ」

「ルークの、心?ティアの心じゃなくてルークの? ティアがどう思うか気にもしなかったのはルークの方だろ」

だから無神経なのはルークで──と言いかけたガイの言葉の先を は別の呼称を、ガイがそう見たことのない立場を使って続ける。

「犯罪で、危害を加えた加害者として出会った他人を、被害者が気にしないのは無神経、なのかい」

意味を理解できず瞬きをするガイの眼に、が指先を向け「この目は節穴かい?」とまた溜息を吐く。

「ティアとルークの出会いはなんだったのか、君はその目で見ただろう。 ティアはルークの家に不法に侵入し、ルークを含めて屋敷の人々に譜歌を、譜術にも匹敵する力を持つユリアの譜歌をかけて攻撃し、 ルークのすぐ側でヴァンに襲いかかり、それを止めようとしてルークはタタル渓谷に飛ばされた。 犯罪によって出会った加害者と被害者。同行はしていても仲間でも家族でも友人でもなく、そうなれそうもなかった。 ──なのに、君もティアも、いつもそれを忘却、あるいは無視している」

被害者としてのルーク。

ティアが背負わされたお荷物のような、姉や母親に迷惑をかける弟や子供のようなルークではなく、 ティアに襲撃され、攻撃され、何重にも迷惑をかけられた他人の被害者としてのルーク。

ガイも見た現実は後者だったはずなのに、どういう訳かガイも、ティアも、いつもルークを現実とは解離した前者のように見ていた。

「君たちがルークの態度を詰る時、いつもまるで普通の仲間か、普通に出会った相手か、家族か友人に対する態度のように責めるよね。 君もティア自身も、加害者としてのティアをちゃんと見ていないんだよ。 さっきティアは一見冷たく見えるけど本当は芯が強く優しいと、冷たさが上辺だけのもののように言ったけれど、 犯罪に何十人もの無関係な人間を巻き込み、民間人に攻撃した、ルークと出会った時の彼女の行動はどうだい? 譜歌で私たちを攻撃した時もその後も、彼女は歌声にも足音にも動揺ひとつなかった。 倒れるラムダスやメイドたちを見ても、危険な倒れ方をしているのを見てすら、気にもとめないように更に歌い続け、攻撃をし続けていたそうだよ。 上辺じゃなく彼女の実際の行動が冷たく、横柄で無神経だったじゃないか。 どうもシュザンヌ様に謝った時の様子を聞くと、彼女は屋敷へもルークへも、 不測の事態であった超振動でタタル渓谷に転移したことのみを巻き込みと考えていたようだけれどね、 屋敷への侵入も、譜歌による攻撃も、警備の昏倒で屋敷を無防備にしたことも、ルークのすぐ側でヴァンに襲いかかったことも、 全てがファブレ公爵家、その住人、ルークに対する危害であり、それらは事故でも不測の事態でもない。 意図的に行い、また結果が容易に想像できるものばかりなんだよ。 軍人で、譜術士フォニマーで、 音律士クルーナーであった彼女なら尚更にね。 タタル渓谷に転移したのだってその犯罪の結果だ。 ティアはルークが半分悪いように言っていたが、自分の屋敷に武器を持った侵入者が表れれば、まして自分たちを攻撃し客人を襲えば、 ルークが彼女を止めようとしたのは当然の行動だろう?」

ガイの脳裏に、ルークが帰還した時、ファブレ家に着いてきたティアを見た使用人たちの態度が蘇る。

恐怖と猜疑と怒りをない交ぜにした視線を向け、恥知らずの冷血女だと非難して、 ティアが屋敷を訪れる度に、罪悪感のない態度でルークや彼らに接する度に火に油を注いでいったけれど、 それを庇うガイにも幻滅したような反応をして、以後彼らの態度が冷たくなったような気はしたけれど、 ヴァンから妹だと、自分に仕えるフェンデ家の娘だと聞かされていたガイは、ただ主従のフェンデ家の娘との出会いを喜び、 襲撃犯としてのティアを見ようとも、自分の、自分だけの見方と他人やルークの見方の違いに気付くこともなかった。

「それを、まるで姉か母親か、教師か保護者のように振舞う彼女の上辺だけを見て、 中身を、現実にティアがとった行動、ティアとルークの関係を、君は見ていない。 君にとっては君の家に長く仕えてきた騎士、また本当は主家のフェンデ家の娘、ユリアの子孫のティアは、 何をやっても自分も巻き込まれても許せるのかもしれないけれど、犯罪で出会っても仲間や友人になれるのかもしれないけれど、 ルークや私は、他人は違うんだよ。ただの犯罪者であり加害者でしかない。 幾らユリアが──今となっては怪しいけれどね──聖女といっても、ティア自身が聖女って訳じゃないんだからね。 仮に私がユリア信奉者だったとしても、その二千年後の子孫まで犯罪や危害を帳消しにするほどに崇めやられしないよ? 先代のフェンデ夫妻が複数子を儲けているのをみると子孫の数を抑えたりもしていなかったようだし、 この二千年でどれだけユリアの血が拡散しているのか分かりはしないしね」

ティアは特別で、聖女ユリアの子孫で、まるでユリアのようで── そうユリアの故郷ホドの領主子息、ユリアの弟子シグムントの家系として強かったユリア信仰を、 何時しかガイはユリアの子孫で、ユリアと同じ女のティアに被らせている所があった。

実際には、ユリアがガイの持つイメージのように優しく慈悲深い聖女であったならば、 ティアの性格はユリアとは正反対で、ユリアが蘇ってきたらさぞ嘆くだろう愚行悪行を数え切れないほど犯しているが、 元々現実を軽んじ、幻想に耽溺するきらいのあったガイは、自分に近い立場にいるティアにもそれを向け、 ユリアの美麗なイメージで現実のティアの醜悪さを覆い隠してしまっていた。

「戦うことの厳しさを教えてやった、責任感が強い、なんていう空疎な称讃もそうだ。 ルークは軍の新兵でもティアの生徒でもなく、ティアの犯罪に巻き込まれてタタル渓谷に飛ばされ、 実戦の経験もなかった民間人。武器なんて稽古用の木刀のままだったんだよ? なのにティアは最初からルークを当然のように魔物と戦わせ、詠唱中は護れと盾にし、戦闘が終われば調子に乗らないでと詰り続けた。 ──加害者が被害者に、武器を持った軍人が木刀の民間人に、とる態度として見れば冷酷で無責任に他ならない行動なのに、 教師のようなティアの上辺の振舞いだけを見て、中身から、現実から目を背けて良いことのように言ってきた」

加害者としてのティア。

ルークを事故とはいえ意図せず巻き込んでしまったことにまで責任を感じ、無事に送り返そうとしていた優しくて責任感の強い、保護者のようなティアではなく、 到底事故とはいえない意図的な予想できる危害を何重にもルークに加え、責任を感じていないような態度を何重にもとり、 口では送ると言いつつも戦わせ、自分を護らせ、その上調子に乗らないで等と怒鳴り続けた、冷酷で無責任な加害者としてのティア。

ガイも見た現実は後者だったはずなのに、どういう訳かガイも、ティア自身も、何時もティアを現実とは解離した前者のように見ていた。

「そしてティア自身も、ずっと加害者としての自分から目を背け続けている。 最初に無神経でわがままな犯罪に遭わせた加害者としての自分から目を逸らし、 ルークの態度をまるで普通に出会った他人や仲間への態度の悪さのように捻じ曲げ、 何かとルークに半分はルークのせいのように言ったり、背中を預けられる相手だと思えなかったとか、 ルークが被害者だと忘れさせようとしているかのような言動を繰り返す。 ティアには、自分が起こした犯罪を、民間人への危害を、そして自分自身の欠点を直視する勇気がないんだよ。 自分の行動とその結果を、受け止められず、逃げ出して、言い訳して、自分の責任から目を逸らしている。 彼女自身がルークに言った戦うことの厳しさとやらとはまるで正反対に、 身を守るためですらなく、ヴァンを討つために必要でもなかった犯罪と攻撃にすら、ね」


“・・・・・・人を殺すということは相手の可能性を奪うことよ。それが身を守るためでも”

“・・・・・・恨みを買うことだってある”

“あなた、それを受け止めることができる?逃げ出さず、言い訳せず自分の責任を見つめることができる?”


ガイの脳裏にかつての旅でティアと交わした会話、ティアがルークに言った言葉が蘇る。

ファブレ公爵家への襲撃、ルークに加えた危害だって、何重にもルークを命の危機にすら晒していたのに、 ティアは身を守るためでも任務でもなく、ファブレ公爵家で行う必要もなかった目的のために何重にも他人を命の危機にすら晒していたのに、 それなのにティアは、ルークに加えた危害も、ルークから向けられる敵意も、 受け止められず、逃げ出して、言い訳して、自分の責任から目を逸らすような振舞いを繰り返していた。

「本当は芯が強く優しい?責任感?お笑いだね。 本当のティアの中身は、行動は、犯罪に何十人もの無関係な人間を民間人を巻き込み、意図的な危害や譜術並の攻撃すら事もなげに加え、 更に自分が罪から逃げるために、その罪の被害者を詰り続ける。弱くて、自分に甘い、無責任で冷酷な人間なのにね」

いったいこの行動のどこを“ちゃんと見たら”優しさや責任感が感じとれるというんだい。

そうガイが抱いていた幻想と、その幻想への盲信を嘲笑されても、突きつけられた幾つもの何重もの冷酷な言動に、 まるで暖かい陽だまりでまどろんでいたと思ったら、何時の間にか雪中に放り出されて凍えていたかのような変化に愕然としているガイは、 今までのように怒ることも、お高くとまったわがまま貴族の坊ちゃん、世間を知らない子供の言うことと流すこともできなかった。

つい先ほどまでの自分はティアの何を見て優しいと言い、何をもって責任感が強いと言い、何故ルークの保護者のように見ていられたのか、 思い出そうとしてもまるで何年も前の薄れた記憶を思い返そうとするように、妙に靄がかかっていたものになっていた。

「君たちはティアがルークに向ける気持ちを恋と呼んでいるけれどね、 こんな冷酷で無神経な言動を取り続け、更にそれを撤回することも悔いることもなく続けているティアの気持ちを、恋だなんて私には到底思えないね。 ティアがルークを好きだと言うなら、どうして何重にも意図的に攻撃し、予想できる危険に何重にも晒したことを省みることもないんだい。 それとも君たちにとって恋とか友情とかいう気持ちは、故意に危害を加えて罪悪感も感じないような冷酷で厚顔無恥な気持ちを指すのかい? ──君自身がルークにそうだったように」

「俺はティアみたいに、ルークに危害を加えたりしてない! ただティアがそんなことしてたのを、忘れていて・・・・・・アニスたちもティアがルークのことを好きだろうから応援しようとしてたし・・・・・・」

“ルークに危害を加えたりしてない”

そうガイが言い放った時、の眼差しが更に剣呑になったことに、気まずさから目を逸らしていたガイは気付かず、 必死に言い訳と、自己保身のための責任転嫁を、それもまたルークへの軽視を晒していると気付くことなく繰り返す。

「忘れていようと他人から言われようと、君は何も知らなかった訳じゃない。 それどころか、幾度もの何重もの危害や無神経さを直接見聞きして知っているのに、忘れられるようなことだったのかい? 余程にルークを軽視していなければ、ティアとルークとの間に差をつけていなければ、これほどのものを忘れるなんてできっこないと思うけれどねぇ。 君が先程言った、ルークがティアの優しさとやらを分からないことをアホだ、ただのガキだというのも、 ティアの中身を、現実にとった行動を踏まえれば、こういうことになるんだよ。 “犯罪の加害者が本当は優しいことを、被害者が分からないのはアホだ、ただのガキだ”、 “加害者から戦わされ、守らされ、詰られ、悪くないことを悪いことのように言われ続けても、本当は優しいと思わないとアホだ、ただのガキだ”ってね。 ──君がティアの被害者としてのルークをちゃんと見ていないから、こんな冷酷なことが言えるんじゃないのかい」

他人のことをちゃんと見ていない、それは君自身に、君のティアやルークへの見方に跳ね返るんだよ。
そうティアへの見方の幻想を切り裂かれ、その中にあったルークへの侮蔑を暴かれ、ガイは自覚しかけた自分自身の真実から逃げるようにもごもごと言い逃れようとする。

「お、俺はそんなこと言うつもりはなかったんだ。 その、ティアがいつも保護者みたいにするのに引きづられただけで、つい、別にルークに冷酷なことを言うつもりなんて、本当に・・・・・・」

はガイの見苦しい逃避に、君は昔から変わらないね、と呟いた。

「ルークがアラミス湧水洞で迎えに来た君に礼を言ったことに、ルークが礼を言うなんてと驚愕したそうだけれど、 君はルークを礼を知らない人間だとでも思ってたのかい」

「だって昔のルークは、髪を切る前のルークは何時もそうだったじゃないか。 わがままで傲慢で、礼なんて知らない奴だったから、変わったことに驚いたんだ」

「ルークは礼を知っていたよ。髪が長かった頃からね」

そう言われても、ガイには思い当る所がなかった。
自分だってルークの幼馴染なのに、ずっと側にいたのに、まるでルークのことを知らないかのように言われるのを不満に思いながら、 それでも聞き返したらまた考えたくないことを考えさせられてしまうような気がして、ガイは聞き返すことができなかったが、 は構うことなく話し続け、ガイの考えたくないことを、裏切りを、真実の姿を暴き続けた。

「カイツールでアルマンダイン伯爵がジェイドを怪しんだ時も、ルークは “こいつら俺を助けてくれたんだ。なんとかいいように頼む”そう言って使節団の便宜を図っただろう? ジェイドたちに助けられた、と言えるのか疑問な点は多々あるけれど、ともかくその礼をした。 これは君がいない時の話だけれどね、和平を案じるイオンにも、陛下に話して公爵夫妻に頼むからと励ましていたし、 チーグルの森でも、体調を気遣いも、民間人を巻き込んだと責めるジェイドから庇いもしていたそうだよ」


“ルークは元々優しかった。ただ、それを表に出す方法を良く知らなかったのです”


髪を切ったルークに優しくなった、雰囲気が変わったと切る前のルークと比較したアニスたちに、イオンはそう反論した。

あの時、7年を共に過ごした幼馴染のナタリアはアニスに同意し、ガイも反論も髪を切る前のルークの優しさを挙げることもしなかった。
出会って1年に満たなかったイオンには分かっていたものが、7年を共に過ごしたガイもナタリアも分かってはいなかった。

「ティアも当時のルークを、傲慢だの人が悪いだのと何かと否定して、今のルークの気遣いを見て変わったと言っていたが、 ルークは人を気遣うことも優しさも、あの頃から知っていたよ。 親善大使として出発する前の、屋敷のメイドのマキがアルバート流の奥義書を誤って旅商人に売却してしまった件を覚えているかい? あの時ルークは、失敗が公になればマキが罰を受けると聞いて公爵には言わなかったし、マキにも、隠そうとしたラムダスや他のメイドにも、罰を与えはしなかっただろう」

高額で貴重なアルバート流の奥義書、それもヴァンがルークの指導のために預けた大事なものを、取り戻せない可能性の大きい失敗を、ルークは罰しなかった。
売ってしまったマキのことも、それを隠そうとしたラムダスや他のメイドのことも。
それは紛れもなくルークの彼らへの気遣いで、優しさだった。

「エンゲーブで村人に盗人と疑われた件にしても、無実の罪を疑われた挙句、乱暴に引き立てられ、床に倒れ込むほど強く蹴飛ばされたそうじゃないか。 それすらもルークは、村人から謝罪をされれば許している。 ルークはあの頃から、他人から迷惑や危害を受けても、相手からの謝罪を受ければ許すことができる人間だった。 大人だってそれができない人間はいるし、ましてルークが受けたことは謝罪で許さなくても傲慢を謗られるものではなかったのにね。 傲慢なら、いや特別傲慢でもない人間でも、こんな目に遭わされたら謝られたからってそうそう許しはしないよ? それも生まれて7年で、同じ目に遭って謝罪で許すことのできる子供なんて、どれだけいるんだろうね」

でもティアには、ガイがそう言いかけるのに、は叱った子供の再度の悪戯に呆れるような口調で機先を制す。

「ああ、ティアには態度が悪かったじゃないか、などと言わないでおくれよ。 ティアは口だけは謝罪したそうだけれど、ついさっき言ったようにティアは言葉の謝罪を行動が何重にも裏切っていたんだからね。 そのティアにルークがとっていた態度だってね、ティアがルークにしたことを考えれば到底傲慢を謗られるようなものではなかったんだよ?」

そう言われて先程が並べた、数え切れない傲慢で無神経な振舞いを思い出すと、 もうガイにもルークのティアへの態度を傲慢さととることも、ティアをわがままな弟の面倒をみる優しい姉や保護者のように思うこともできなかった。

「──君が分からなかった、分かろうとしなかっただけだ。 君にとっては所詮、ルークは騙すことも、ヴァンに騙されるのを承諾することも協力することも、騙して見捨てることもできるような復讐の道具だから、 ルークの心なんて、見ようともしなかったんだろう」

「復讐する気はもうないって言っただろ!? 道具だなんて、昔は・・・・・・そう思ったことも、あったけど、とうに復讐する気は失せてるし、 ヴァンとだって今は違うし、ベルケンドでもちゃんと決別したのに、なんでそんな風に言うんだよ!」

「だから?例え復讐は止めていたとしても、君が7年間ヴァンの同志であり続けて、騙していたことも、 騙されるのを承諾していたことも協力していたことも、騙されるのを見捨てていたことも変わらないんだよ。 復讐を止めたと言うなら何のためにそうし続けていたのか疑問だけれど、目的がなんでも、目的がなく手段のみだったとしても、 君はルークを騙していたし、ヴァンがルークを騙すのを承諾して協力していたし、騙されるのを見捨て続けていた。 手段自体が危害であり裏切りなんだから、目的がどうあろうと君がルークに危害を加え、裏切っていたことに変化はない。 目的がヴァンを殺すことだけだったとしても、ファブレ家を襲撃したりルークや私たち屋敷の人間に譜歌で攻撃したなどの手段自体が危害になるように。 君たちは目的が関係なかったり目的を止めれば、そのための手段が危害や裏切りでも何もしてないのと同じになるとでも勘違いをしているのかい? 手段だろうと目的だろうと、危害は危害であり、裏切りは裏切りなんだよ。 しかもどちらも、目的のために必要な手段ですらなかったのにねぇ」

ガイは、復讐する気はなくなったからと、いままで復讐しようとしていたことも、 復讐のために多くの人々を騙し、裏切り、傷付け、見捨ててきたことも、なかったことになったように考えていた。

目的と決別すれば手段からも、既にしてしまったことからすらも決別できる。
過去と決別すれば、過去の後ろめたい行動からも決別できる。
復讐者の顔からも行動からも結果からも決別し、なかったことにして兄貴分で親友になったかのように思い込んでいた。

「君はまるで“復讐をしなかった”ような顔をしているけれど、殺害はしなくとも、何重にもルークに危害を加え続けてきた。 ガイ、君は“復讐をした”し、“危害を加えた”んだよ。ルークとアッシュに。 ずっとヴァンの同志であり続けて、騙し、騙されるのを承諾し、協力し、騙されるのを見捨てるという形で。 友人や兄貴分のふりをして信用させて裏切り、ずっと憎まれ続けていた、殺意を持たれ危害を加えられ続けていたと知った時に傷付けるという形で。 何年も、何度も、何重にも、ルークとアッシュに復讐を実行した。
結果的には、それはアクゼリュス崩落と、ルークがアクゼリュス崩落に利用される一端をも担っている。 ──それなのに、平気で隠蔽し続けたままに、共に背負うこともなく全てルークだけに背負わせて、 自分は何もしてない、何も悪くない、何も背負う必要はないって面は醜悪で吐き気がするよ。 親友?兄貴分?使用人?お笑いだね。 本当の君の中身は、行動は、仇ではなく当時幼児だった仇の子供を殺そうとして、ルークを殺すために騙し続け、騙されるのを協力し続け、騙されているのを見捨て続け、 何年も、何度も、何重にも“復讐を実行して”、更にはその結果に責任をとらなかった陰湿で無責任な卑怯者、なのにねぇ。 いったいこの行動の何処を“ちゃんと見たら”親友や兄貴分のつもりでいられるというんだい」

“復讐をしなかった、助けてやっていた兄貴分で親友”など勘違い、幻想でしかなかった。
どんなに幻想に耽溺して周囲を騙そうとガイの犯した裏切りも危害もなくなることはなく、ガイもまた、現実の姿は加害者であり、裏切り者だった。

ルークとの“親友”としての7年間が、ルークを殺すためにルークに危害を加えて見捨てていた時間だったという事実も、決して消えることはない。
復讐を止めようと殺害まではしなかろうと、7年間その手段で危害を加え続けていたという事実を、変えることも免罪符にすることもできい。
ガイが目を背けようと、何もなかったように普通の親友のように振舞おうと、過去の行動を、真実を変えることなどできない。

そしてガイが目を背けてなかったことのように振舞えば振舞うほど、親友や兄貴分としての立場やそう偽装してきた7年間を真物のように肯定すればするほど、 自覚や反省のなさと、ルークへの軽視と、演技をしているうちに役そのものになったと思い込む狂役者のような滑稽さを増して行くだけだった。

ましてガイが実際にとっていた行動と、それから推し量れる醜く、どろどろとした、悪意と欺瞞の固まりのような内面と、 上辺だけの爽やかで優しい好青年、親友や頼りになる兄貴分としての顔はまるで正反対なのだから。

「君は何時だって、ルークにとっての加害者としての自分を見ていない。 親友や兄貴分のふりをしていた裏切り者、“復讐を実行した”“危害を加えた”復讐者としての顔を、 ルークを見捨て続けヴァンに協力し続けていたならそちらの方が比重が大きかったのだろうに、目を逸らしている。 上辺だけだった親友や兄貴分のような態度を、まるで俳優の芝居の中での役と俳優自身を混同するように真物だと思い込み、相反する正体と加害を無視して、 現実とは懸け離れた幻想の中にいて、自分自身にも幻滅することがない。 君は自分自身に対してすら、上辺だけの偽りの優しさや親友らしさしか見えてないし分かってないんだよ。 一体何時まで親友、兄貴分、心の友兼使用人なんてほらを吹き続け、とっくに剥がれ落ちた幻想に耽溺し続けるつもりだい? そうすることは君が裏切り傷付けた被害者としてのルークから目を背けて、ルークの心なんてないもののように扱うことなのにね」

ルークの心。
ルークの心の中の、ルークから見たティアとガイの姿。
ガイはふとそれを想像しかけて、慌てて頭を振って脳裏から追い払おうとする。
の言ったガイのルークへの行動を、ルークがどう思っているのかなど、ルークの心の中の自分がどんな姿をしているかなど、考えたくもなかったから。

両手で頭を抱えてぶんぶんと振っている聞き分けのない幼児のようなガイの姿に、は呆れきった視線を向け、ほんの僅かに哀れみを混ぜた声で続ける。

「それと、君はマルクトで同じピオニー陛下の臣下として仕えている間に随分仲良くなったらしいジェイド。 君は彼の上辺を見て、まあ優しいとまでは思わなくても仲間や友人のように思っているらしいけれどね。 ホド島で行われた住民を実験体にしたフォミクリー研究も、ヴァンを実験体にした苛酷な超振動研究も、どちらも指令していたのはジェイドだそうだよ?」

そう言われて、やっとガイは振っていた頭を止め、目を見開いたまま硬直する。
驚くよりも、が何を言っているのか分からなかった。

ホドで行われた住民を、姉マリィベルをも実験体にしたフォミクリー研究。
幼馴染のヴァンを実験体にした苛酷な超振動研究。そしてそのヴァンと超振動を利用したホド崩落。

それら自分と、家族と、幼馴染と、領民と、故郷への被害を、自分の仲間だったはずのジェイドの加害として認識できなかった。

しばらく思考が止まったように呆然としていたが、は構うことなく真実を、ガイが認めたくない仲間の欺瞞を話し続ける。

「ベルケンドで私たちも見たように、またジェイドが説明したように、レプリカ情報の採取には障害などの悪影響が残ることもあり、最悪の場合は死亡する。 それをジェイドは、君の姉君を含めてホドの人々から採取させていた。 和平会談の時にピオニー陛下が言われたように、ホドはマルクトが研究していた超振動を使って消した。 その超振動は、ホドへの使用まではどうなのか知らないけれど、幼いヴァンを使った苛酷な実験はジェイドの指令で行われていた。 ──つまり君は、哀れにも家族と幼馴染と、領民と、故郷の仇に上辺に騙されてお友達のように思っていた訳だ。 ピオニー陛下はジェイドの関与を隠したがっていたようだけれど、 ホド住民レプリカの大量発生とそのレプリカたちの肉体年齢、レプリカ情報採取の悪影響による死亡や障害事例多発を結びつければ、 15年前にホドでフォミクリー実験が行われ、住民のレプリカ情報が採取されていたことも、 当時ホドで多発していた、原因不明の死亡や障害が実験の悪影響だったことも、想像がつくからね。 ホドの生き残りや縁者が調べ出して、彼らに問い詰められた当時の研究者が吐いたそうだよ。超振動実験と崩落の真実も含めて、ね。 もうピオニー陛下も庇いきれないだろうねぇ」

「嘘、だ! だってジェイドは、俺にも、ティアにも、ひとこともそんなこと言わなかった! 旅の間も、和平会談の時も、マルクトでも、相談してもくれなかったのに、そんな訳が・・・・・・ 俺たちへの態度だって、今までどおりで、罪悪感なんてなさそうで、俺たちの家族や故郷にそんなことしてたなら、 あんな平然していられるわけがないじゃないか!ずっと仲間や友人でいられるはず、ないじゃないか!!」

加害者が被害者やその家族の前で平気な態度をとれるはずがない。
まして被害者やその家族と、仲間や友人のように振舞えるはずがない。

あからさまな上辺の振舞いを根拠に、内面の罪と裏切りを否定しようとする論法がガイの口から出るのは滑稽でしかなく、 はふ、と小さく嘲笑を零し、ガイをまっすぐ指さしてその欺瞞を突きつける。

「おや、君自身がアクゼリュスが崩落した後にすら、ヴァンの同志としての関与を告白も相談もしなかったそうじゃないか。 挙句の果てに、ルークの友人だと臆面もなく言い放ち、ルークの辛い気持ちにも他人事のような振舞いを続けていたとか。 私がルークを追って合流したのはまだベルケンドでヴァンから聞かされる前だったけれど、それからも君の態度には罪悪感なんて欠片も見えなかったよ。 当時から君のことを良く思っていなかった私でも、まさかヴァンの同志だったなんて、それなのにあんな態度をとれるほど卑怯で冷酷な人間だなんて思わなかったほどにね。 崩落に利用されたルークにすら言わず、全てをルークだけに背負わせたまま、友人を名乗り、他人事のように振舞い、 罪悪感なんてなさそうで平然としていられたのに、罪の告白や罪悪感を表すことがなければ潔白だと思っていたのかい? 人間の内面の卑怯さ冷酷さを、それと上辺の振舞いの解離を今までまざまざと見せつけてくれた君が? ああ、君にとっては君の内面の醜悪さに気付けなかった私やルークもアホ、ガキということになるのかな。 確かに私は過去を悔いているよ。 ノックをして許可を得なければ入れない主人の部屋に窓から勝手に侵入したり、 仕事中なのにサボって椅子に座り、のんびり稽古を眺めているような礼儀も常識も知らない給料泥棒でも、 少しは良いところも、成長の見込みもあるかと思った私が馬鹿だった、とね」

心の中でどれほど相手を軽んじていても、裏でどんな裏切りや危害を加えようとも、表では平然と正反対の態度をとることができる。
自分自身が一端を担った惨劇ですら、自分には無関係の他人事のような顔をして背負わせ逃避して、知らぬ顔で友人を名乗ることすらもできる。
それは今までガイ自身がとってきた行動、幻想ではなく現実のガイだった。

自分自身が友人だと称してきたルークや仲間にしてきた振舞いを、仲間や友人だと思っていた他人が自分にしていたことを、 もうガイにはありえないと否定することはできず、ジェイドへの幻滅と怒りと悲しみが沸き上がるが、 それは同時に他人が自分に、ルークや仲間たちがガイに向けても不思議のない感情でもあることに気付き、諸刃の剣となってガイ自身を切り裂いていく。

ガイは再び幼稚な仕草で頭を振って、それを追い払おうとする。
自分が他人の上辺ではなく中身を見て沸き上がる負の感情、他人が自分の上辺ではなく中身を見て向ける負の感情、 そして自分が、自分自身の上辺ではなく中身を見て覚える自己嫌悪と自己否定、その全てを。

自分も、他人も、何もかも、上辺ではなく中身を直視して本性を見出すことに耐えられなかった。

投げだされた現実の厳しさに耐えかねて、逃げるように部屋を飛び出そうとするガイの背に、 ガイ自身の言葉が嘲りと哀れみを込めて何重にも何倍にもなって跳ね返される。

「“ティアは冷たそうに見えるけど、優しい。 それが分からないルークは、ティアのことはちゃんと見えてない。 そんなルークはアホだ。あからさまな優しさしか分からないのはただのガキだ”。 本気で言っていたのなら、君は救いようがなくアホでガキで、──そして哀れだね」

その重さにガイの中の劇場は押し潰され、被っていた上辺の幻想はばらばらに砕け散り。
芝居は終わり、現実に戻り、役者ガイが戻った真実の素顔は。

復讐を実行した復讐者、裏切者で欺瞞の友人、演技を真物と思い込んだ狂役者。
そして仇に騙されたまま仲間や友人のように信じ込んでいた、愚かで哀れな子供だった。

















                        
戻る