「わ、私、ルークに・・・・・・虐められていたんです。 ルークは、出会った時からずっと私に態度が悪くて、無神経で気遣いのひとつもなくて、 私は安心して背中を預けられることもできなくて心細く、ずっと辛い思いをさせられて・・・・・・」

こう言えば、彼は自分に優しくしてくれると思っていた。
理想の王子様らしく、哀れな姫に同情するように自分を哀れんで大切にして、ルークから守ろうとしてくれるだろうと。

今までルークのティアへの態度を非難し、ティアに同情的だった仲間たちのように。

そして何時か自分を好きになってくれるかもしれない、何時か呼んだ恋物語のように同情が愛に変わるかも── そんな風に胸高鳴らせていたティアに、ずっと憧れていた物語の中の王子のような彼が向けたのは、悪い魔女に王子が向けるような嫌悪と怒りだけだった。







姫の皮を被った魔女と王子の物語







まだティアが士官候補生で第六師団長カンタビレの元で訓練を受けていた頃、ティアはひとりの青年に恋をしたことがあった。

というその青年はキムラスカ貴族の伯爵家の子息で、誘拐などで囚われの身になった人々を救済する活動をしているゲオルク騎士団の一員だとかで、 キムラスカとダアトを股に掛けた誘拐事件の被害者の救出のためにダアトまで訪れ、カンタビレが協力にあたったのがとのティアとの出会いだった。

といっても訓練生だったティアは直接救出戦に参加した訳ではなく、カンタビレと話したり救出した被害者を労っている姿を見ているだけだったが、 の秀麗な容姿と穏やかな立ち振舞いにティアは初めて見た時から好ましい印象を抱き、 被害者を、特にティアと年の近い若い女性を守り労るのを見る度にティアの胸は高鳴った。

虐げられた被害者や女性に優しく、悪人には果敢に立ち向かい、魔女から姫を守って戦う王子のように剣を振るう。

は、まるでティアが憧れる物語の中の王子様そのものだった。
彼に背中を預けて戦っているのだろうゲオルク騎士団の団員の女性や守られている誘拐被害者の女性に嫉妬すら覚えたほど、ティアはに心奪われた。

しかしは事件が解決すればキムラスカに戻ってしまい、ローレライ教団や神託の盾騎士団とは別組織のゲオルク騎士団に属すると再会することも動向を知ることもできず、 ティアがに近付ける芽などまるでなかった。
ゲオルク騎士団はダアトへの巡礼者が賊に浚われるなどの事件に関わることも多いため、 ゲオルク騎士団の人間をダアトで見かけたことは何度かあったものの、他の任務に就いているのか、所属が変わったのか、を見かけたことは一度もなかった。

ティアがルークを送り届けてバチカルのファブレ公爵邸に訪れた、その時までは。

まるで古くからの友人のようにルークと親しく話している姿を目撃したティアは驚愕し、 沸き上がった悲願だった再会への歓喜とへの高まった恋情は、がティアに気付くことなく公爵邸を立ち去るまで一歩も動けず、声ひとつ出せずに震えるほどだった。
後でガイに尋ねた所、は現在はバチカルにあるゲオルク騎士団付属の病院で副院長を務めており、 ファブレ公爵家のメイドにの縁の者がいることからそのメイドを通じてルークの友人になったらしい。

三男坊とはいえ伯爵家の出身で、美形で、優秀な第七音譜術士でもあるは、 ファブレ公爵家のメイドはもちろんバチカルの女性たちや貴族の令嬢にとっても憧れの的だという話や、 容姿や能力だけではなく人格の方も立派な紳士と評判で、病院に入院した誘拐被害者や騎士団員への気遣いの深さや看護の熱心さなどから、 貴族だけではなく平民にもを尊敬する人は多いという話も聞いて、 ティアはますますへの想いを募らせ、同時にの側にいられるゲオルク騎士団の団員、気遣われ看護される患者、 更には友人という関係にあるルークにまで嫉妬を深くしていった。

私だって、あの時の被害者のように彼に守られ、助けられたい。
私だって、騎士団員のように彼に背中を預けて戦いたい。
私だって、病院の治癒術士のように彼と共に看護で尊敬を受けたい。
私だって、病院の患者のように彼に気遣われ癒されたい。
私だって、彼と友人になりたい。笑いかけられたい。暖かな声音で名前を呼ばれたい。

私だって、私にも、私の方が・・・・・・あの人たちよりも、ルークなんかよりも私の方が!!

の側にいる人間への嫉妬は何時しか憎悪と、まるで自分が本来いるべき居場所を奪い取った掠奪者への苛立ちに変わり、中でもティアから見て到底の側にいるのに相応しくないと、またとは正反対に傲慢や無礼や無神経といった貴族のお坊ちゃんの悪い所ばかりを集めたように映ったルークに対して、ティアは胸の中が焼けつくような悪意を募らせていった。



「わ、私、ルークに・・・・・・虐められていたんです。 ルークは、出会った時からずっと私に態度が悪くて、無神経で気遣いのひとつもなくて、 私は安心して背中を預けられることもできなくて心細く、私はずっと、ずっと辛い思いをさせられて・・・・・・」

バチカルにあるローレライ教団修道院へ向かう任務の途中でに見かけ、思わず追いかけて声をかけたティアは、 今まで出したこともないような涙声で切々と自分の被害と苦痛をに語った。
かつてに出会った時にに被害と苦痛を吐露し、優しく慰められていた女性たちを、 そして過去にルークから受けてきた横暴で無神経な態度や、背中を預けられる相手だとも思えなかったほどの苛立ちと呆れを思い出せば、 止め処ないほどに言葉は続き、声だけではなく頬にまで涙を流し、潤み切った眼差しで熱くを見詰めるほどに演技は進んでいった。

そこにルークへの罪悪感や、がティアの言い分を信じた時にルークとの仲がどうなるか、 ルークがからどんな態度を受けるのかへの不安は欠片も存在しなかった。
むしろ相手が貴族だろうと泣き寝入りなどせず、果敢に立ち向かってでもいるような気分だった。

“横暴な人間を横暴といって何が悪いの、貴族だからってなんでも許されると思ったら大間違いよ、私は貴族のお坊ちゃんに謙ったり甘やかしたりしないのよ!”

何時の間にか、憧れていた物語にでてきた貴族の横暴に屈服せずに戦う格好良い戦士の気分も入り混じり、ティアの高揚と歓喜が最高潮に達した時、 はティアにかけた言葉は、声音も内容もティアの想像とは掛け離れ、まるで正反対の立ち位置の相手に向けるようなものだった。

「そんな稚拙な嘘八百に私が騙されて、お前を慰めたり一緒になってルークを罵ったりするとでも思っていたのか? お前が馬鹿なのは良く分かったが、他人まで馬鹿にしたりお前と同じような馬鹿だと思わないで欲しいものだな」

ああ言えば、彼は自分に優しくしてくれると思っていたのに。
理想の王子様らしく、哀れな姫に同情するように自分を哀れんで大切にして、ルークから守ろうとしてくれるだろうと期待していたのに。

今までルークのティアへの態度を非難し、ティアに同情的だった仲間たちのように。

そして何時か自分を好きになってくれるかもしれない、何時か呼んだ恋物語のように同情が愛に変わるかも知れないとさえ胸高鳴らせて期待していたのに、 どうしてそんな不幸な姫へ王子が向けるような優しさや救済ではなく、姫を陥れる魔女に王子が向けるような嫌悪と怒りを向けるのかと、 ティアはしばし呆然となり、次いで期待を裏切られた怒りに顔を赤くする。

「わ、私は嘘なんてついていません!ルークの態度は本当に酷かったんです!! 横暴で、無神経で、詠唱中もいちいち言わないと守ってくれないし、安心して背中を預けられる相手だとも思えないし、 私はずっと苛立ちと不安で、辛くて悲しくて苦しくて・・・・・・」

拗ねた様にを少し睨みながらそう繰り返すと、またしてもはティアが期待していた撤回や謝罪ではなく、同情も優しさもなく、正反対に嫌悪と怒りを向けてきた。

「そんな稚拙な嘘八百に私が騙されて、お前を慰めたり一緒になってルークを罵ったりするとでも思っていたのか? お前が世間知らずで甘ったれなのは良く分かったが、他人まで世間知らずにしたりお前と同じようにお前に甘いと思わないで欲しいものだな」

「だから嘘じゃないって言っているでしょう!!どうしてそんな冷酷なことを言えるの、どうして私を慰めようともルークに怒ろうともしないのよ!? あなたはあんなに女性に優しかったのに、あの人たちのことはあんなに優しく慰めていたくせに、どうして私には・・・・・・」

猫を被る余裕も敬語を使うことも忘れ、ティアが髪を振り乱して詰め寄りながら気遣いを求めても、 は鬱陶しそうな眉を寄せながら、野良犬でも追い払うような仕草で手を振るだけだった。

「あんなに?あの人たち?・・・・・・ああ、お前と出会った時の任務の、誘拐被害者のことか。 別にあの時の被害者も我がゲオルク騎士団の救出や保護の対象も女性だけではないが、普通なら紳士として女性には優しくもしようが、 加害者が女性だから優しくして被害者が男性だから冷たくするような真似をした記憶もするつもりもないぞ」

何処かの勘違いフェミニストでもあるまいに、と此処にはいない友人の自称友人を思い出して溜息を吐き、 またも馬鹿にするように片手をひらひらと振ってティアの言い分を否定するに、 自分が彼女らとは違うと、むしろ正反対の立場にいると思っていないティアはまたも期待を裏切られたかのように顔の赤さを増し、 湯気でも出しそうな色にして怒り出す。

「何処が違うというのよ!虐げられて傷付いているという点では同じはずでしょう! 私はルークに虐められて、ルークの横暴で無神経な態度でこんなに傷付いているのよ!?」

「そんな皮がケテルブルクの豪雪よりも厚そうな面で詰め寄りながら傷付いていると言われてもな。 傷付いた女性の話になるなら、私が労るべきはマキたちであり、お前に向けるべきなのは横暴で無神経な加害者への怒りだ」

「マキ?誰のことよ、今は私の話でしょう!?」

想いを寄せる男の口から他の女の名が、それも自分の立ち位置のはずの労るべき対象として出されたことに、 ティアの顔色は障気でも出しそうな形相になり、外見までが物語の中の魔女に近付くかのようだった。

「マキは私と遠縁の娘で、ファブレ公爵家のメイドだ。そしてルークと同様に、お前に傷付けられた被害者でもある」

「なんのことよ!?私はこれでもあなたと同じ、一人前の戦士なのよ。 メイドなんて戦う力もなさそうな女性を虐げたりする訳がないし、ルークに虐めらて傷付けられたのは私の方だと言っているでしょう!」

「これは驚きだな。 神託の盾騎士団の一人前の戦士の知識では、譜歌による攻撃は傷付ける内に入らない訳か。 危害を加えた直後に笑いながら危害を加えるつもりはないと言っていたとは聞いていたが、これで一人前とは神託の盾騎士団の教育はどうなっているのか。 我がゲオルク騎士団では眠りや痺れの術や薬を扱う者は、その危険性や威力についての知識が必須なのだがな」

が所属する“アベリアのゲオルクの虜囚救護騎士修道会”、通称ゲオルク騎士団は、浚われたり囚われたりした人を救済する活動をしている修道騎士団で、 魔物に浚われた人、犯罪者に誘拐された人、詐欺にあったり売られた人などを、時には戦ってでも救出し、病院での看護も行っていた。
そのため第七音素譜術や譜歌を使う譜術士が多く所属し、似たような薬を扱う薬師や医者も雇っているが、 使う譜術や譜歌に無知な譜術士、使う薬に無知な薬師や医者などはいなかった。

味方識別をしていない仲間や友軍、また救出して守るべき被害者がいる状況で無差別に眠りや痺れの術を使えば、敵だけではなく彼らの事も巻き込んで攻撃してしまうことになるし、 最悪の場合は仲間の背中を預かるどころか背中から攻撃して味方殺しをしたり、守るべき被害者を自ら殺してしまう事態にすらなりかねない。
また病院でも身体にダメージを与える薬や転倒などに細心の注意を払って与えなければならない薬を無害だと思って安易に与えてしまったら、 弱った患者を薬のダメージで更に弱らせて病状を悪化させたり死なせたり、昏睡による転倒などで負傷や死なせたりしてしまう事態にすらなりかねない。

軍人で譜術士が自分が扱う、それも実際に使用した譜歌について無知でいられるなど、余程に周りに甘やかされ、また自分で自分を甘やかしてきたとしか思えなかった。

ゲオルク騎士団は治癒譜術に使われる第七音素の集合体であるローレライを信仰してはいるものの、ローレライ教団に属している訳ではないので、 ローレライ教団や神託の盾騎士団がどんな教育をしているのかをは知らないが、 一人前の戦士を称し、仮にも響長の位にある者がこうも無知でいられるという事実は、 ローレライ教団や神託の盾騎士団の教育の程度そのものが低いのではと疑いたくなるほどに、ティアの言動は無知と無知でいられた環境を曝け出していた。

「譜歌による攻撃?ヴァンのことは殺そうとしたけれど、他の人たちにもメイドにも譜歌しかかけていないはずよ。 私は巻き込まないように眠らせただけで、攻撃なんてしてないし危害も加えていないわ」

「・・・・・・どうやら知らないだけではなく、自分で考えることて気付くこともできないらしい。 いや考えようとしないと言った方が合っているのか?」

「だから眠らせただけで危害なんて!!」

「眠りや痺れの術は危害であり、譜術攻撃であり、かけられた人間は眠らせる“だけ”で済むようなものではなく幾つもの危険に晒している。 お前は執事やメイドたちが譜歌で倒れていく中を歩いていったそうだが、至近距離で何人もの人々が倒れる様子を見ても気付かないとは、 都合の悪いものは見ないように考えないように思考停止していたとしか思えんな」

「眠りや痺れの効果で倒れてはいたけれど、ただ倒れるだけで、危害や危険なんて何もないでしょう!?」

「どこまで理解が遅いのだ? 私は譜術の知識を全く持たない素人の従士に一から譜術を教えて一人前の譜術士に育てたことが何度もあるが、 ここまで説明しないと眠りや痺れの術の危害や危険に思い至らないような者はひとりもいなかったぞ。 倒れれば床や扉などで身体を打つし、頭などの急所を打つことも強く打ち付けて怪我をすることもある。 ぶつかった場所が硝子の戸や窓だったり、食器などの割れ物でも持っていて落としながら倒れたなら、その破片で身体を切ってしまうこともある。 大怪我になることも、最悪死亡することもあるし、そうなれば当然だが倒れさせた、眠らせたり痺れさせたりした者の責任になる。 実際お前の譜歌にかけられた人々は食器を運んでいる途中で、その食器とともに倒れ、もう少しで落ちて割れた破片の上に倒れ込む所だったり、 身体の痺れのためか手で庇うこともできず、頭を打つように倒れていったり、怪我をしかねない形で転倒していったのだぞ。 しかもお前の譜歌はユリアの譜歌で譜術に匹敵する威力があるそうだな。 お前の言っていることは下級譜術のエナジープラストで攻撃したことを攻撃ではない、危害は加えていないと強弁しているようなものだ」

の説明を聞くうちに、ティアの脳裏に、旅の間に何度も見たジェイドがエナジープラストで魔物と戦う光景が鮮やかに蘇る。
やがてジェイドの姿はティアに、魔物の姿は戦う力もなさそうなか弱いメイドへと変わり、 ティアの姿はまるで憧れていた物語の中で魔女が姫を虐げている挿し絵のように、望みとは正反対に醜悪だった。

それでもティアは理想幻想と現実の違いを、現実はとっくの昔に理想幻想とはかけ離れてしまっていたのだと認められなくて、 ずっと侮り嫌悪し、そして今では憎悪すらしているルークを持ち出すことで、なんとか自分を理想幻想の立場に近付けようと、 そして望んでいた同情を、愛情へと変わる未来を引き寄せようとする。

つい先程がルークのことを何と言ったのか、そもそもとルークがどういう関係にあるのか、 そしての縁だという少女やルークを傷付けた自分がにとっての何なのかなど都合良く思考を止めて。

「でも、でも私がルークに虐められて傷付いているのは本当なのよ!?だってルークは、出会った時からずっと、私に」

「態度が悪くて、横暴で、無神経で、安心して背中を預けられることもできず、苛立ちと不安で、辛くて悲しくて苦しくて? それに怒りを、気遣いを向けるのならば、私が怒るべきはお前にであり、気遣うべきはルークだな。 お前はそうやってルークを傷付け、悪くないことを言い続け、周囲にもそう装うことで騙して同調させ、 本来認める必要もなかった咎を認めさせ、責められる謂れのないことを責められる状況にルークを追い詰めてきたのか」

そう言いながら、はルークの様子と治療のことを思い返していた。

囚われた人々や犯罪被害者の事件後の看護にもあたっているゲオルク騎士団の一員であるは、その知識と経験から、 犯人と危険に晒されながら共にいる状況では、被害者は加害者への好意を錯覚することがあったり、 またそんな極限状況で繰り返し責められ続けると、最初は分かっていたことが分からなくなり、 加害者の意見を理不尽や非常識なものであっても正しいように思い込んでしまうことがあるのを知っていた。

そして犯罪とナイトメアによる攻撃などの何重もの危害と危険を伴う出会い方をした上に、 数カ月にも亘って二人きりやティアに騙されてルークを責める同行者たちと寝食を共にする間、数え切れないほどに悪くないことを悪いと責められ続けて、 ティアと出会った時ならば怒っていたであろう理不尽な言葉にも怒れず、ティアが正しく自分が間違っていたのだと思い込んでしまっているルークの様子は、 の見た所そうした被害者の精神状態に近く、ガイは恋愛感情だと思っているらしいティアへの感情もそうしたものとしか思えなかった。

“私が襲撃やナイトメアで何重にも危害を加え危険に晒した頃のあなたは、安心して背中を預けられる相手ではないと思ったわ”

タタル渓谷で二人きりだった頃のルークは安心して背中を預けられる相手ではないと思ったという言葉は、 出会った経緯を前提にすればそういう意味になるというのに、出会った頃にはティアの言うことに反発していたルークは、 この頃には怒りも見せず反論もせず、ただ謝るだけだったという。
そんな様子をどうして対等な関係や、恋愛感情や、成長や和解だと思えるというのかと、 何かとティアを優しいと持ち上げては、ルークがそれを分からないのは馬鹿や未熟なせいだと繰り返し、 ティアを優しいと思わせようと、仲間や従姉や幼馴染の女性のよりもティアを気遣わせようとしていたというガイに対しても、 ルークへの友情もガイの人格や常識も疑わしくなるばかりだった。

や、シュザンヌや、ラムダスやマキたち周りの人間がティアの言い分を否定し、 常識に照らせばどれほどティアの言い分に矛盾や過ちがあるのかを教え、 また当初抱いていたティアへの反発を肯定し、被害者というルークの立場に沿った見方を話し合うことで少しずつ改善してはいるが、 それでもまだまだ治療には長い時間がかかるだろうと思われていた。

その治療の帰り道に、ルークを追い詰めた張本人から、ルークが苦しむ原因になっている言動を、 まるで一緒になってルークを追い詰めさせようと画策しているかのように繰り返された挙句、同情や気遣いを強請られても、 吐き気がするような嫌悪と、胸が焼けつくような怒りが沸き上がるばかりだった。

「私はルークが無知で、何が悪いのかも分からないし分かろうともしないから、人の気持ちを推察できるようにお説教してあげていただけよ!? 貴族なら平民に横暴だったり、女性を気遣わなかったり、背中を預けられるとも思えないような戦い方でも許されるとでも思っているの? 横暴な人間を横暴といって何が悪いのよ、貴族だからってなんでも許されるはずないわ、私は貴族のお坊ちゃんに謙ったり甘やかしたりしないの!」

馬鹿なお坊ちゃんを矯正してやった教師気分と、相手が貴族だろうと泣き寝入りなどせず果敢に立ち向かってでもいたような気分を邪魔された不満が入り混じり、 話しかけた時とは別の理由で涙声になりながらティアが叫ぶと、物語の中の王子様のように貴族のお坊ちゃんの良い所ばかりを集めたようだとティアが憧れていたは、 あっさりとティアの言い分も陶酔も、同情や恋への期待も否定し尽くした。

「被害者が加害者に態度を悪くするのは別に横暴ではないし、被害者が男で加害者が女だろうと気遣わないのは無神経ではないし、 背中を預けられるような戦い方ができないのも別に未熟でもなんでもなく、全て許されるな。 何が悪いのかも分からないし分かろうとしていないのも、なんでも許されると思い上がって甘えているのもお前の方だろう」

「被害者?今はマキとかいう人のことじゃなくてルークのことを言って・・・・・・」

「ルークもマキたちと同様に、お前の襲撃の時にナイトメアで攻撃を受けているだろう。 先程もいったが、お前は出会った時に眠りと痺れに加えて、下級譜術のエナジープラストでルークを攻撃したようなものだ。 しかもタタル渓谷に飛ばされた後もお前から数え切れないほどの危害を受け続け、危険に晒され続けている」

先程詳細に説明されてようやく認識したナイトメアの危害と危険性を、ルークに出会った時に向けていたのだと今更認識したティアは、 やっと自分が思っていたような虐められて同情され優しくされるべき哀れな姫の立場など、自分には当て嵌まらないことに気付き始める。

「ルークは、出会った時からずっとお前に態度が悪くて、無神経で気遣いもなくて、安心して背中を預けられることもできなかった? それがどうしたというのだ? お前とルークが犯罪で出会い、ルークがお前から何重にも危害を加えられ危険に晒され、お前が加害者でルークが被害者だという前提を付け加えれば、 それはルークの非や欠点になどならないし、ルークに怒りや嫌悪など感じない。 そしてそんなものをルークに虐められていたなどと泣きつかれても、 加害者のくせに被害者から態度を良くされなければ、気遣いを払われなければ、安心して背中を預けられる相手だと思えなければ不満だと言われているのと同じで、 お前に同情など感じないし庇う気も慰める気も、ましてお前の馬鹿と世間知らずに付き合ってルークを非難する気など起こらない。 怒りが沸くのはそんなことも分からない愚かな冷血女に対して、庇う気が沸くのは理不尽を押し付けられ傷付いていたルークに対してだ」

加害者は、被害者に虐められていた。
被害者は、出会った時からずっと加害者に態度が悪くて、無神経で気遣いもなくて、 加害者は安心して背中を預けられることもできなくて心細く、ずっと辛い思いをさせられていた。

被害者の態度は本当に酷かった。
被害者は横暴で、無神経で、詠唱中もいちいち言わないと加害者を守ってくれないし、加害者は安心して背中を預けられる相手だとも思えず、 加害者はずっと苛立ちと不安で、辛くて悲しくて苦しかった。

加害者は被害者に虐められて、被害者の横暴で無神経な態度でこんなに傷付いている。

ルークを被害者、ティアを加害者と置き換えて繰り返せば、ティアがに泣きついた時の言い分は滑稽なほどに醜悪だった。

「大体、私はルークの昔からの友人であり、お前とは一度ダアトで顔を見ただけで会話すらこれが初めての赤の他人だぞ。 ましてお前は、私と縁のマキを譜歌で攻撃して危害を加えてもいる。 それでお前の言うことだけを信じて、お前と一緒になってルークを罵ったりするはずがないだろう。 出会ったばかりでかつお前から何重にも危害を加えられ危険に晒されているルークに、 いきなり仲間や友人や姉弟分のような態度をとられるのが当たり前だと勘違いしていたような振舞いといい、 お前は初対面でも過去にお前との友誼も信頼もなく、かつ親しい人間がお前から危害を加えられ危険に晒されていても、 少しの敵意も不信も、怒りも嫌悪も受けずに友人よりも信じて貰えるとでも思っていたのか? どうして私に泣きついたのか知らないし知った所でもないが、それこそ傲慢というものだろう。 それとも、まさか女性が泣きつけば男性の言い分など聞きもせず、それまでの友誼や信頼など消し去って女性に肩入れするとでも思っていたか? あの時の誘拐被害者の女性たちのように理不尽に犯罪にでも遭って虐げられ傷付いた被害者ならば、他人でも初対面でも助けも慰めも庇いもしようが、 普通なら紳士として女性には優しくもしようが、生憎と我が騎士団の活動に被害者の態度に傷付いた加害者の救済などという奇怪なものはないし、 紳士の振舞いに加害者が女性だというだけで被害者の態度に傷付いたことまで慰めるほど甘やかすなどというものはないし、 突然友人への悪口雑言を並べられて、友人が男性で悪口を言っているのが女性なら信用してそれまでの友人を罵るなどというのは、 女性に優しいのではなく女性に媚びるために友誼を切り捨てているようなものではないか」

はティアの勘違いした言動に呆れながら、ティアに優しくするために、ルークが従姉のナタリアや仲間へのアニスを気遣ったことすら責めていたというフェミニスト気取りの似非親友を思い出し、あいつならばこんな風に泣きつけばティアに肩入れしてルークを罵るのかもしれんがな、と胸中で呟いた。

今更に愛を告白することなどできるはずもなく、ティアは口籠って鼻を啜り、伝えることもできないまま叶う望みを失った恋の虚しさに泣くことしかできなかった。

もう泣けばが同情してくれるとも慰めてくれるとも思ってはいないが、告白する前に失恋したなんてあまりにも悲しくて、 その結果を招いたのが過去の自分自身だとしてもあまりにも自分が哀れに思えて、涙も嗚咽も止めることができなかった。
そして初めてティアの予想は的中し、はティアを慰めることなどなく、ティアが予想していた以上に、更にティアを追い詰めて行った。

「また私は、もう二度とお前がルークを傷付けることも追い詰めることも、悪くないこと悪いと責めることも、非常識を常識だなどと教えるのを許すつもりもない」

そう言ってが懐から取り出した譜業が、何時だったかガイが見せてくれた音声を記録再生するものだと気付き、 それを真実の経緯や関係を前提にした上で聞いた第三者からはどう映るのかに思い至り、ティアは赤くなっていた顔色を一気に青褪めさせる。

「ダアトはユリアの子孫のお前を聖女として祭り上げるつもりらしく庇っていたようだが、 このキムラスカで、こうしてはっきりと証拠が残る状況で、キムラスカの王位継承者のルークを、 第三者のルークへの悪意と危害を画策するかのように悪くないことを悪いことのように捻じ曲げて吹聴して、ただで済むとは思うまいな?」

そう言うとは初めてティアに笑いかけ、「喜劇の終幕だな」と言い放った。
その憧れていた物語の中の王子が魔女を追い詰めた時のような笑顔が、あんなに望んでいた初めての会話で初恋の青年がティアに向けた笑顔で、 そして最後の会話と最後の笑顔になり、やがて恋心さえも未来や希望とともに、永久にティアからは失われていった。



その日を最後に、ティアの姿はキムラスカやマルクトはおろか、ダアトからも神託の盾騎士団からも完全に消え去った。

何年か後にユリアの血を引く赤子の誕生の噂が流れたが、バチカルのゲオルク騎士団附属病院でそれを耳にした青年は、 ほんの一瞬ユリアシティの方角に視線を向けただけで、一片の気遣いも哀れみも浮かべることなく、直ぐに視線を逸らすと、 ティアが望んでも決して向けられることのなかった優しい笑みを、暖かな声音を、深い気遣いを、向けるべき人々に向ける職務に戻っていった。











カンタビレは小説「黄金の祈り」等に登場する人物で、神託の盾騎士団の第六師団長でティアの士官候補生時代の教官のひとりです。
モースに厄介払いされ遠方の部隊に転任したらしいですが、パーフェクトガイドの教団の解説では第六師団長はカンタビレと書かれているので、 ゲーム本編の頃も第六師団長なのは変わっていないようですね。
総長と第一から第五までの師団長が神託の盾騎士団を抜けてテロリストと化し、アッシュが軍規違反で特務師団長を外された後は、 新任を除けばたったひとりの師団長ということになるので呼び戻されたと思うのですが、どうしてレプリカ編にも出てこなかったのでしょう。
単に教団再編と総長&他の師団長が抜けた穴を埋めるのに忙しかったのかも知れませんが、 激務のあまり過労でダウンしていたとか、やってらんねーよと神託の盾騎士団を辞めてしまったとかだったりして?


所謂第四勢力ネタや、ストックホルム症候群のような精神状態を知っているキャラ視点の話をやってみたいので、ゲオルク騎士団の話は他にも書くかもしれません。
ゲオルク騎士団の正式名称はアベリアは騎士団の創設地がアベリア平野だったから、ゲオルクは騎士団の創設者の名前からという設定です。
ローレライ騎士団だとローレライ教団の騎士団と紛らわしくなるので、地名と人名にして活動内容をつけてみました。
なんかやたら長くなりましたが、騎士団の名前は通称が短くても実はめっちゃ長いことがあるんです、と先に言い訳をしておきます(汗)。





                        
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