※ルークは現代っぽい時代の学生で、前世の記憶はありません。
※名前は前世と同じですが、今生ルークは王族や貴族ではない一般人なので、「フォン」は除いています。
※登場はしませんがアシュナタ設定です。








ルーク・ファブレはティア・グランツのことが苦手だ。
というより、はっきり言って嫌いだ。

ルークとティアの関係はそう親しいものではない。
何を誤解しているのか彼女への態度を親しい相手への無礼や無神経のように咎める人間もいるが、過去に親しくなったこともない。

出会いは高校の入学式。
少なくともルークにはそれ以前に出会った記憶はないのだが、ティアは何故か以前からの知己に出会ったような、 というよりは生き別れの恋人に再会でもしたかのような様子で駆け寄って来ると、名乗りもしていないのに熱っぽい声音でルークの名前を呼んだ。

「きみ、誰だっけ?」

ルークの困惑に、彼女は何やらショックを受けた様子だったが、ルークが理由を聞く前に踵を返して走り去ってしまった。
それを少し離れた所で何やらにやけた顔つきで見ていた金髪の男子生徒が慌てた様子で追いかけて行ったが、 ルークの方は初対面のはずの少女の態度に困惑するばかりで、すぐに同じ中学の生徒に話しかけられたこともあって追いかけることはなかった。







レテの静けさを求めたり







「またお前は、どうしてそう無神経なことばかりするんだ。 彼女を傷付けるようなことはするなってあれほど言っただろう?」

「・・・・・・またか、今度はなんだよガルディオス」

授業も部活も終わり、大方の生徒が帰路に着いた頃。
忘れ物を思い出して教室に戻っていた俺は、あの日グランツを追いかけた金髪の男子生徒、グランツと親しいらしいガルディオスの言葉に溜息をついた。

先生や他の生徒が注意してくれるおかげで、最近は授業中や休み時間にはこの訳の分からないお説教とやらをしなくなっていたが、 周りに人がいない時を狙うようになっただけで、止めるつもりはなかったのか。

この奇行のせいで、最初はイケメンと騒いでいた女子の人気が急降下して絶対零度になっているのだが、 本人は女子の人気に興味はないのか、単に他人の気持ちに鈍くて気付いてないだけか、お説教とやらの抑止力にはなっていないらしい。

「ガイと呼べって言っただろう? お前、さっきナタリアのこと気遣ってただろう」

「何が悪いんだよ。ナタリアは俺の従姉だぞ。気遣うのを責められる謂れはないし、お前には関係ないだろう」

ナタリアは俺の母方の伯父の次女で、養子なので俺との血の繋がりはないが、ずっと姉弟同然に過ごしてきた大切な従姉だ。
病気で入院して1年間学校に通えなかったため留年し、今は俺の兄貴のアッシュと同じ2年生として通っているナタリアは、 久しぶりの学校生活に加えて、アーチェリー部のブランクを取り戻すのに苦労しているようだった。
学年は違えど同じ学校にいるナタリアとは学内でも話す機会があり、 今日の昼休みに部活の弱音を漏らしたナタリアを気遣っていたからガルディオスに見られていたのだろうか。

しかしこいつ、なんでこう何度も俺に愛称で呼ばせようとするんだ?
友人でも身内でもないのに。

「昨日はノエルを気遣ってたよな」

「何が悪いんだよ。ノエルは俺の幼馴染で友人だぞ。気遣うのを責められる謂れはないし、お前には関係ないだろう」

ノエルは俺の父の部下の娘で、幼い頃から家族ぐるみの付き合いを続けてきた大切な幼馴染の友人だ。
最近祖父のイエモンさんが怪我をして入院したことで気が塞いでいた様子なので、俺も一緒に差し入れを考えたりイエモンさんの所にお見舞いに行ったりしていた。
クラスは違えど同学年にいるノエルとは学内でも話す機会があり、昨日もそうやってノエルを気遣っていたからガルディオスに見られていたのだろうか。

「関係ないはずないだろう? お前はあからさまなものしか見えなくて、本当の気持ちをちゃんと見てない奴だから、俺が叱ってやらないとな。 ナタリアやノエルに気を遣うなら、もっと気遣った方が良い相手が別にいるだろう?」

「誰のことだよ」

「彼女をすっごく傷つけてるのをまだ気付いてないのか?本当に、そういうとこは何時までも成長しないよなあ」

「だから、誰のことだって」

ナタリアやノエルを気遣うことで凄く傷付く人間、そんな相手は思い当たらない。
そもそも親戚や友人を気遣って責められる理由も思い当たらない。
そしてこいつからこんな風に口出しされる理由も、まるで駄目な弟や子供を見下すような眼で見られる理由も。

鬱陶しくなった俺はガルディオスとの会話を打ち切って、手早く鞄に忘れ物を入れると教室を出た。

「おいおいルーク、人の説教はちゃんと最後まで聞けよ。せっかく俺がお前の駄目な所を矯正してやろうと思って・・・・・・」

知るか。
大体なんだ“矯正”って。

ガルディオスは俺に説教──と自称しているが俺にはとてもそうは思えない──をする時に、“矯正”という言葉を好んで使う。
それも俺には鬱陶しい。
“矯正”って悪いものや曲がったものを正常に直すことだろう。
俺は性格が悪い、間違っているとでも言いたいのかこいつは。
父さんや母さんや兄貴や、伯父さんや伯母さんや姉貴分の従姉たちにだって言われたことがないぞ。
もちろんギンジさんやノエルにも、他の友人たちにも。



「あなたは人が悪いわね」

帰りの駅構内でグランツに叱るような口調で言われ、そういえばこいつも良く俺の性格を悪いみたいに言うよなと思い出した。
いや、グランツの場合はもっとあからさまに、人格否定のような悪口や、はっきり悪いと告げてくることさえあった。

「おい、いきなり何言ってんだよお前、ルークの何処が人が悪いっつーんだよ!」

「あなたは黙っていて、私はルークと話をしているのよ」

怒っているのは中学からの友人で、駅の入り口で会ったので駄弁りながら一緒に歩いていたのだが、 友人が人助けに手を貸した話を聞いた俺が「お前、人が良いな」と言ったら、突然後ろからグランツの声が聞こえてきた。

なんで人を誉めた時にまで詰られないといけないんだよ。
大体俺は友人と話していたのであって、こいつと話していたんじゃないんだが。
というか何時の間に後ろにいたんだこいつ。

「その性格を直さないと、何時か痛い目を見るわよ。 そうならないように、私はあなたを見守って、お説教してあげているのよ」

こいつも説教と矯正か。
ガルディオスがグランツとは幼馴染だと言っていたような気がするが、言うことも似通っていて同じく鬱陶しいことこの上ない。
クラスが違うのでグランツの行状を初めて見るらしい友人は怒りを通り越して異様なものを見るような眼になり、 「おいルーク、こいつなんかヤベーぞ」と耳打ちしてきた。俺も全く同感だ。

「そんなこと俺が何時頼んだよ。そもそもなんで母親でも姉でもない赤の他人のお前にそんなことされなきゃならないんだよ」

「あなたの世間知らずで無神経な所を見ていると、私が苛々するのよ。 もっと人の気持ちを考えなさい。・・・・・・せっかく会えたのに、これじゃまるで出会った頃のあなたと同じじゃない」

最後は独り言なのだろう声を落として呟いていたが、趣味で音楽をやっているためか耳の良い俺はしっかりと聞こえてしまった。

出会った頃ってなんだろう。
グランツとは中学も違うし、出身地は駅を幾つも隔てているし、共通の知り合いもいないし、高校入学以前に会った記憶も接点もない。
大体、ガルディオスの気遣えとかなんとかもそうだが、世間知らずとか無神経とか言われる理由も分からない。

ガルディオスといいこいつといい、鬱陶しさが二重になったことでもう話す気力も失った俺は、友人を促してグランツから逃げるように足を早めた。

流石にホームに降りると違う電車を使うグランツは追っては来ないのだが、 何時だったか階段の途中で振り向くと、尚も恨みがましく俺を睨みつけていたので絶対に振り向かない。

なんだかホラー映画を見た後の、振り向くと映画の幽霊がいる気がして振り向けなくなる時のような気分だ。



「なにそれこわい」

「な、怖いだろ?俺、グランツにもガルディオスにも、高校入学前に会った覚えなんてないのにさ」

次の日、従姉のが伯父の出張土産を届けに家に来たので、学校でのグランツとガルディオスのことを相談してみた。

は伯父の長女で、ナタリアの1歳年上の義姉になり、俺たちが通っている学校の大学部に通っている女子大生だ。
親戚で家も近い俺の家と伯父一家とは付き合いが深く、姉弟同然に育ってきたとナタリアは、アッシュと俺にとって大切な従姉で姉貴分でもある。
もっとも、今はナタリアとアッシュは姉弟分とは別の関係を築いているけれど。

「それも怖いけど、言ってることも怖いよ。 ナタリアやノエルちゃんを気遣ったら誰かをすっごく傷つけてるとか、意味分かんない。 なんで従姉や友達を気遣ったことを悪いみたいに責めてくるの、仮に誰かが傷付いていたとしてもそれは別にルークのせいじゃなく、 意味分かんない理由で勝手に傷付く誰かさん自身の問題だよ」

にそう言ってもらえて、俺は心の奥に溜まっていた淀みのようなものが消えて行くのを感じてほっと息を吐く。
安心したことで気付いたが、心当たりはなくても、やっぱり心の何処かで俺が誰かを傷付けたんじゃないかと不安だったらしい。

「しかも相手言わないって悪質だよ。人が悪いとかなんとかも、具体的に何処がって言わなかったんでしょ? わざと曖昧な言い方にして、はっきり否定できなくしてるんじゃない? 意図的か無意識か知らないけど、その二人の方がよっぽど無神経だよ」

だとすると、傷付けていることに気付かないとかいってたあいつらの目的は、俺を傷付けることの方だったんだろうか。

そういえば小学校からの友達と口喧嘩になった時、何処からともなく現れたグランツから、 自分がほんの少しの悪意も受けることのない人間だと思っているのとかなんとか言われたこともあったな。

その時も具体的に俺のどんな行動が原因になったのか言わなかったし、小中学校が別のグランツは俺たちの昔の関係を知りもしなかったはずなのに。
でも曖昧な言い方をされたから、はっきり否定できなくて、一瞬俺が悪いんじゃないかって暗い気分になりかけた。

直ぐに友達が「僕から何を聞きもしないで変なことを言うなよ。 僕がつい意地を張ってしまっただけで、ルークのせいじゃない! ・・・・・・というか誰だよアンタ。むしろ僕は今、アンタの方に悪意を向けてるんだけど?」 って言ったからその気持ちに囚われずに済んだけど、結局グランツから謝罪はなかったな。

あれも、俺を傷付けることが目的だったから、本当に俺のせいかどうかなんてどうでも良かったんだろうか。

「“自分の胸に手を当てて聞いてみなさい”って、自省を促す時に良く言うけど、逆に本人に落ち度のないことを理不尽に責める時の手口にもなるんだよね。 でもあたしははっきり言うよ、ルークは悪くない。ナタリアやノエルちゃんを気遣ったルークはとっても良い子だよ。お姉ちゃん鼻が高い!」

「わっ!ちょ、、ガキじゃないんだから!」

小さな子供にするみたいにわしわしと頭を撫でられて、自分の顔が一気に赤面したのが分かる。
ガキの頃は良くされたけど、流石に高校生になってそうされるのは気恥ずかしかった。
・・・・・・嫌じゃないけど、実は嬉しかったりするけど。

“お姉ちゃん”呼びもガキの頃の俺がしていたものだが、年齢と、もうひとつの理由で今はそう呼ぶのを止め、愛称のハイジで呼ぶようになっていた。
はそれを寂しがっている様子だったが、大事な姉貴分ではあるが、今の俺は姉弟分とは別の関係を望んでいる。

「・・・・・・アッシュとナタリアはそうなってるのに、俺は先が長そうだなあ」

「え?」

「い、いやなんでもない!」

俺は赤くなった顔と、思わず呟いた言葉を誤魔化す様に首を振ると、気晴らしともうひとつの望みのために、を外に誘った。

(嫌なことは忘れちまおう。俺に落ち度のない詰りや人格否定なんて、きっと覚えておく価値のないものだ)

そう思った時、ふと壁に立てかけてあった鏡に映る自分の姿がぶれたような気がしたが、まじまじと見返した時にはそんなことはなく、 気にせずに誘いを快諾したの手を取って部屋を出て行った。

ほんの一瞬鏡に映った自分の姿は、長いはずの髪が短く、不思議な優しい眼で自分を見つめていたような気がした。


















                        
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