暖かな幻想、冷え切った真実
俺はあいつに生きていて欲しかった、こいつは俺に会うたびにそう口にする。
その表情は複雑で、俺を通してアイツを思い出して死を悼んでいるようでもあり、同時にアイツの生を奪って帰還した俺を憎んでいるようでもあった。
こいつがただの親友であったなら、ただの父親役であったなら、ただの使用人で、護衛剣士で、ただそれだけであったなら自然だろう。
けれどアイツの記憶が知っているこいつの姿はそうではなかったから。
死を嘆かれるのも憎まれるのも不似合いで、そうする度にかえってこいつの中のどろどろとしたものを浮き彫りに見せつけられる気がして不快だった。
だから、もうひとりの幼馴染でもある従妹の手前していた我慢もとうとう切れた。
「お前はあいつへの殺意と悪意で、ヴァンに騙されているあいつを見捨てたことを一度だって自覚しなかったのに、
その結果から最後まで目を逸らし続けたのに、そんなお前があいつの生を望み、死を悼むのか」
お前があいつの生を否定した、その結果でもあったんじゃないのか。
なぁもっとも憎むべき仇の子の生を否定した、復讐者にして共犯者、そして子供を見捨てた父親役よ。
親友や父親役なんて暖かな幻想よりも、そんな冷え切った真実こそがこの男には御似合いだ。
妄執の役割
俺はルークの親友だからな、ガイは良くそう言う。
ガイは俺と近しく親しい立場を幾つも持っている。
親友で、使用人で、俺を育てた保護者で、父親役で、兄貴分で、護衛剣士で、理解ある幼馴染で、
それがガイが称し、みんなが認めるガイの姿、俺との関係だった。
でもガイは俺を見捨てた。
ヴァン師匠の共犯者で、俺が騙されることを承諾して、協力して、そして見捨てた。
七年間ずっと、俺といる時いつも、見捨ててない時なんてないほどに。
ガイが称し、みんなが認めるガイの姿、俺との関係は全てその事実と相反する。
ガイはここにいる、ずっと俺の側にいた。
でもそれは“親友のガイ”じゃない。
父親役の、兄貴分の、理解ある幼馴染の、そんなガイじゃない。
幻だったのに、隠されていた本当の姿は違ったのに。
どうしてガイも、みんなも、それが分かっても変わらないんだろう。
ガイが称し、みんなが認めるガイの立場は何も変わらないんだろう。
幻想なんて、とっくに滅びてしまっているのに、何時までガイは浅ましくしがみついているのだろう。
自分自身の行動と結果から目を逸らして。
気遣いの優先順位
「私に気を遣うなら、ルークは別の人に気を遣った方がいいんじゃないの?」
「この間から、すっごい傷つけてるの気付いてないんだ」
「そういうとこは成長してないからな」
そうガイとアニスに思わせぶりに非難されても“別の人”とやらには全く思い当たらなかったけれど、
彼女が辛い時に別の人を気遣うことを促されたことに思い当たった。
気遣うべき相手には優先順位があるのだろうか、それが分からないのは成長してないのだろうか。
“無知”な自分には分からない。
けれどそうなら、ひとつ分かったことがある。
「じゃあお前は成長してないのか、ガイ」
俺の何処が、そう不快そうなガイに、俺が聞いた時には教えてくれなかったのに、と小さく溜息をつく。
「シェリダンで、ティアが一番泣きたい気持ちだっていっただろう。イエモンさんたちを殺したのがティアの兄だから。
でもティアに気を遣うなら、ガイは別の人に気を遣った方が良かったんじゃないか?」
それでもガイは気付かない。
気遣いに優先順位があるならば、仇の子をもっとも憎むべきと定義したガイならば、もっと他に気遣うべき人がいたのではないだろうか。
ティアより気遣う相手などいないと思っているのか、それとも彼女は気遣う対象ではなかったのか。
「ノエル、あの後こっそり泣いてたよ。御爺ちゃんのためにも作戦を成功させないとって堪え様としていたけれど、それでも堪え切れずに泣いてた。
被害者の家族と、もっとも憎まれるべき加害者の家族、どちらがお前の定義で気遣いの優先順位が上なんだ?」
気遣いの優先順位を間違えるのは、成長していないんだろう?
幻想の偶像
家族三人で食事をした帰り道、子供にせがまれてたまたま通りがかった芝居小屋へと入った。
上演されていたのは誰もが知っているこのオールドランドを救った英雄たちを題材にした芝居で、子供の眼にもとても素晴らしく映った。
焔の少年を父親のように兄のように育て、何時も側にいて護り助けた親友の剣士。
母のように姉のように叱り導いた厳しくも優しい聖女の末裔。
もはやワンパターンと化した人物像に、それでも観客は絶え間ない称賛を贈る。
周りと同じように小さな手で懸命に拍手をしていた子供は、ふと両親が泣いているのに気がついた。
どうしたのお父さんお母さん、こんなに素晴らしいお芝居なのに。
舞台の上では、剣士が兄のように焔の少年を護っていた、聖女が姉のように焔の少年を叱っていた。
ねぇどうして泣くの、お父さん、お母さん。
こんなに立派な人たちをみて、どうして泣くの。
子供の問いにも答えず、両親はただ芝居を見たくないというように両手で顔を覆って涙を流す。
こんなのは私じゃない、こんなのは俺じゃない、こんなことはできなかった、してあげられなかった──
そう呟いて嘆く両親を、子供はただ不思議そうに見ていた。
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