「ティアの言ったことは正しかったな」

ルークの言葉にアッシュは眉を寄せた。
あの非常識を常識と思いこんでルークに押し付けていただけの無知な女が正しいなどと、今のルークが言うとは思わなかったのだ。

「あの女が何を言ったって?」



“一度失った信頼は、簡単には取り戻せない”



なるほど。
あの女もたまにはいいことを言う。

「だって俺は、ガイが師匠の共犯者だったことを忘れられない。
ガイが親友という度に、俺がお前を育てたという度に、その間師匠に騙される俺を笑って見ていたことを思いだす。

アニスがモースのスパイだったことを忘れられない。 笑って俺たちと旅をしていた間、俺を馬鹿だ、お坊ちゃんだと馬鹿にしていた間、 俺を、みんなを、タルタロスの兵士たちを、そして救援を待つアクゼリュスの住民の命を売り渡していたことを思いだす。

ナタリアが幼い俺に無理な勉強を強いたことを忘れられない。
ナタリアがアッシュへの思いを語る度に、「本物のルーク」だと思っていた俺に、字も言葉も分からないのに勉強させて、分からなければ呆れていたことを思いだす。

ティアが俺の屋敷を襲ったことが忘れられない。
被害者だった俺に言ったこと、戦わせたことが忘れられない。
“誰かを傷つけるということの意味”を知った今の俺にはどういうことなのか分かってるから」

「ああ、確かに“一度失った信頼は、簡単には取り戻せない”な」


そして信頼を取り戻そうともしなかったのだから、彼らがルークからの信頼を失うのも道理だった。







ガイやアニスが何を責めているのか俺には分からなかった。


“私に気を遣うなら、ルークは別の人に気を遣った方がいいんじゃないの?”

“この間から、すっごい傷つけてるの気付いてないんだ”

“そういうとこは成長してないからな”


誰のことだろう。
どうしてアニスを気遣うとその誰かが傷付くんだろう。

一瞬、誰か俺を好きな人がいて、嫉妬でもするのかと屋敷にいた頃にナタリアに読まされた恋愛小説を連想して考えたけど、すぐにそんな訳はないだろうと除外した。

だって俺がまだ髪が長かった頃、婚約者だった──本当はアッシュのだけど、あの時は誰もそれを知らなかった── ナタリアの前で媚びて、抱きつきさえしたアニスの言葉なのだから。
ナタリアの前で俺に抱きついていたアニスが、ナタリアの幼馴染なのにアニスを怒らなかったガイが、抱きつくことにすらナタリアが傷付くなんて思わなかった二人が、俺の恋人でもない人が傷付くなんて言う訳ないもんな。


でもそれじゃあ、ふたりは誰のことを言っているんだろう?

俺の何を責めているんだろう。

俺は誰に何をして傷付けてしまったのだろう。

俺の何処が成長していないのだろう。


ガイに聞いてもそのうちな、としか言ってくれない。

曖昧な言い方で責められて、説明を拒否されて、何が悪いのかも、それは本当に俺が悪いことなのかも分からず、俺に残るのはまた俺が悪いと言われたという事実と罪悪感だけ。


ああ、また俺は否定された。







                        
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